第72話 帰国する家族
我が家から突然消えた家族、リミ、マイケル、サラ、そして我が子の勇太の居場所は伯父の自宅から成田空港へ、そしてフィリピンへと移動していったという。なにも教えられていない私は警察に行って捜索願いを提出した。すべてのあらましを知っている警官が私に言った言葉を思い出す。
「戻ってくると思っているの?桑名さんの自宅で何が起きていたのか内定していたんだよ。君がしてきた事って犯罪なんだよ、自業自得なんだ。一応、受理はするけれども奥さんたちを発見できても、きっと戻りたいとは言わないよ。強制力はないからね、奥さんらが被害者で君が加害者。」
数日後、警察から四人が成田を飛び立ち、マニラに向かった事実を教えられて居場所だけは特定ができた。母はこの間「どこにいるんだろうねぇ。」を貫き通していた。
居場所がフィリピンの実家だと判った私は心を入れ替えたかのように毎晩、国際電話をするようになる。
フィリピンの実家に電話機は設置されていたが、日本のように簡単には繋がらない。地域、ご近所のどこかの自宅で回線を使用していると近隣一帯がお話中のイングリッシュ・アナウンスになってしまう。
リミは「もう日本には戻らない。」と言っている。私がこの時、おこなった事は我が子である勇太が大好きだったテレビ番組をビデオテープに録画し、国際郵便を使い、送り続けることだった。
『アンパンマン』『こち亀』『サザエさん』など10本程度の録画テープが貯まるとフィリピンに郵送する。
「またビデオテープを送ったよ。」
この言葉を伝える事で電話をする口実ができた。無駄な努力かもしれない、徒労かもしれない。それでも我が子に会いたい思いが優っていた。それに自分の犯した行為を詫びなければならないが、詫びる相手が目の前にいなければ、詫びる行為は成立しない。
私はビデオテープを送るという事で時間を半年間、稼ぎ通したのだろう。フィリピンでは私の知らないところで日本への帰国に向けて準備がおこなわれていたのだが、その事を私が知るのはずっと後になってからになる。
日本国籍の勇太がフィリピンで成長していくには支障があった。まず、国籍がない。これは金さえあれば買えるのだが、私からの送金が途絶えた現状では手段として使えない。
もっと大きな問題はフィリピン人の日本に対する過去の感情である。およそ80年という時が経っていても、あの太平洋戦争時下で日本兵はフィリピン人を迫害したとされている。
勇太という名前はフィリピンでは使えないのである。
私が意地になっておこなってきたビデオテープの郵送が功を奏したのか『詫びる』チャンスを作ってくれた。
もう1度、もとの鞘に戻れる。虐待を受けたサラだけは日本に行きたくないと言っているらしいが、その方が良い。
リミたちが日本に戻ってくると決まった前日、私は独りで日帰り温泉に行っている。ひとりでゆっくりくつろげる時間は当分、来ないだろう。明日からまた大変な事態が起きるかもしれない。
その予感はすぐに的中する。