第63話 最後の幸せの時
日曜日の度に私はリミと、まだ0歳の我が子を車に乗せて出かけるようになった。目的地はアンパンマン・ショーであり、バイキンマンだった。ショッピングモールや住宅展示場で開催される客寄せパンダならぬ、客寄せ『アンパンマン・ショー』に我が子を連れていく。アンパンマンの直筆サインばかりが増えていった。
遊園地に動物園、アンパンマンが現れるところならどこへでも我が子を連れて出かけた。
「アンマ!アンマ!ダイダイ。(アンパンマン!アンパンマン!バイバイの意)」と言っては大泣きされ、アンパンマンとの出逢いと別れに終始した一年だった。
今、思い返せば、この時が我が人生で最高に幸せを感じられた時だったと思う。
名を命名する時に字画を気にされる人は多い。
当初、私の頭の中にあった名は『翔太』だった。この年は20世紀が終わるという事で『太』という漢字を名に使うのが流行していたが、私が買った『字画が運命を左右する』という書籍によると画数が悪い。
➖そんな事、どうだっていいや➖
そう思って分娩室からいっこうに出てこないリミと赤ん坊が気になってきていた。
出産する当日の朝、「お腹が痛い!」と言い出したリミだったが、出産予定日よりも相当に早い。前日がリミの誕生日だったのでケーキを二人で食べていた。ふたりでデコレーション・ケーキのSサイズを半分ずつ食べてしまったので腹痛の原因は食べ過ぎだと思い込んでいた。一応、産科に連れていくと「桑名さん、陣痛です。お産が始まっています。」という看護師の言葉に驚いたのを覚えている。
「産道の途中までは出てきているのですが途中で頭が詰まってしまっていて、リミさん今、頑張っています。」
この言葉を聞いてからも、相当な時間を要した。
➖やはり字画は大切だ、考え直そう➖
分娩室の脇に置かれた椅子に座って「ショウタの翔の字は飛んでいってしまう。イコール、死を連想させる。」
そんな事を考えていたら別の家族が新生児室に向かいながら私の横を通り過ぎていく。父親らしい人と、まだ幼児の女の子が新生児ばかりが入れたれているガラス越しの向こうを指差しながら観ていた。
「名前はなにがいいかなぁ?」
父親らしい男性が女の子に聞いた。
「りんごちゃん。」
女の子は間髪入れずに即答した名である。
「りんごちゃんかぁ、う~ん、ちょっと変かな。」
この親子の会話を聞いていて
➖名前って、そんなに簡単に付けちゃていいものなのか➖
と思いながら
➖どうせだったら、勇ましい名前を付けてやろう。そうだ勇太がいい。勇太、これだ➖
と非常に安易に決定した。
私とリミと勇太、それに私の母親、みんなが幸せだった。母にとっては内孫同然であり、徒歩で5分も掛からないところに勇太がいるのだから毎日、顔を見にくるのが日課となった。リミも義母がそばにいる事で不安を和らげる事ができていた。