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第59話 不法就労の職探し

 リミは私との生活を本格的に始めると夜の水商売を辞めた。私と私の母の説得に応じざるを得なかったからだが、リミ自身は辞めたいとは思っていなかった。


フィリピンでは兄妹の中の末っ子が両親の老後をみる習慣がある。日本とは逆なのだ。リミの父親は彼女が元の亭主のアパートから逃げて、ワンルームのアパートで暮らしている時に亡くなっていた。


 この離婚によって彼女の持っているビザには少しの期間だけ無効の時期がある。日本人男性と正式に離婚した以上、マリッジ・ビザは延長されない。実子がいれば話は別だが、別れた亭主との間に子供はいなかった。


 私と一緒に暮らし始めた時点で不法入国者であり不法就労者というレッテルが貼られた、このタイミングで父親の訃報を伝える国際電話が入ったのだった。


 「こんなに朝早くから、国際電話なんて何かあったの?」


 「パパが朝、ベッドの中で死んでいたって。今、フィリピンにいるお姉ちゃんから電話があった。フィリピンに帰るよ。」


 「わかった、とりあえず入国管理局に行って直訴してみよう。事情が事情だ。もしかしたら理解を得られるかもしれない。」


 私とリミが向かったのは十条ではなく、地方局にあたる入国管理局だった。


 「帰れますよ、いつだって帰るだけなら出来ますよ。だいたい不法滞在中ですからね。戻って来られないだけです。日本にね、おそらく3年間か5年間は戻ってこられないでしょう。」


 日本は法治国家である。遵法できない者は容赦なく罰せられる。外国人なら追放となる。あのポール・マッカートニーでさえも空港から監獄に収監され、そのまま強制送還された事があった。



 親が死のうが関係なく、国外退去処分である。自分から退去を申し出る場合は入国管理局に朝の9:00までに出頭しなければならない。飛行機に乗れるまでの期間は檻の中で暮らすことになる。


 結局、リミが父親に再会できたのは亡くなってから数年後のことで墓参りという形になった。


この実父の死をきっかけにしてリミは本国フィリピンへの送金にさらなる比重を傾けていった。まずは日中に働ける職が欲しいと言い出した。


日中の仕事をビザなしで雇ってくれる会社はまずない。なぜなら雇用する会社側も不法就労を受け入れた事になるからである。それに仕事があったとしても肉体労働か危険な職種に限定される。


 言い出したらあとには引かないオンナである。


 私は自宅となった賃貸アパートと、自分の職場である病院までの道の脇に立っている電柱を片っ端から目で追いかけながら通勤していった。


 電柱にくくり付けられている看板の会社名と電話番号をメモしながら通勤したのである。求人募集しているかどうかなんてどうでもよい。私の通勤経路内で見つけられればリミは勤務しやすくなる。それだけの理由だ。


 何でもやってみるものだ。


 1週間もかからずに求人にヒットした。その会社は電柱に看板を掲げて自社をアピールする掲示をしていた。電話番号も印字されていたが一体なんの会社なのかは判らなかった。


 私の職場に唯一、置いてある公衆電話からメモ書きした会社の電話番号に連絡を入れた。


 「すみません、つかぬことをお伺いいたします。今、そちらでは求人募集をなさっているでしょうか?」


実にストレートな言葉で切り出せた。


 「ありますよ、でもね、男性の職種じゃあないと思うんです。あなた、おいくつですか?」


 「いえ、私ではないのです。私と同棲中の女性なのですが、日本人ではないのです。加えて雇っていただくと不法就労になってしまうという事情があるもので、先に不躾なお電話を致しました。」


 こういう場合、いずれバレる嘘はつかないに限る。


 「どういう事情なのか解らないけれど、会うだけ合って、聞き入れられる事なら受けてもいいよ。」


 電話で話を聞いてくれたのは部長という肩書を持った人だった。今でもお顔と名前を記憶している。人情味ある心優しい男性だった。


 この会社は野菜のカッティングだけを専門におこなう工場だった。納入先にはあの有名な『焼き肉のアンポンタン亭』などがある。


おもにタマネギの皮を女性たちに剥かせて、白い中身は食材に卸し剥き取った皮は塗料の原料になる。


 「なんだ、そんな事か。大丈夫だよ、ビザが切れている事はバレた時に考えればいい事さ。明日からでも来てもらっていいよ。若いふたりなんだから金は稼がなきゃあダメだ。今後のことだってあるだろう。」


 私とリミは二人で顔を見つめ合った。呆気に取られるとはこの事である。


 部長さんがおっしゃった「今後のことだって・・・」はすぐに訪れるのだった。

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