第57話 同棲生活
1K、ロフト付きのリミのアパートにすべての荷物を押し込んでも、思っていたほど狭くはならなかった。旅行用のキャリーバックと衣類、化粧品の類しかなく、テレビも洗濯機もガスレンジもない。強いて挙げるなら、引っ越しあとに購入したビニール製の簡易的な衣装タンスと全身が映し出せる鏡が加わって場所を取った。
「なぁリミ、ガスレンジが無くて、どうやって食事をするんだ?」と聞くと「大丈夫だよ、お店に毎日出勤するから。お客さんの注文したものを食べる。」
食費は一切、かからないという事である。
ところが客がまったく現れない日だってある。客が来ても、そのテーブルにリミが呼ばれるとは限らない。そうなると私に電話が掛かってくる。
「ハラ、ヘッタよ、リョウヘイ。来てよ、誰もいないよ。」
「あのねぇ、そんなに毎晩、飲みに通えるはずないだろう。」
そう答えると・・・
「じゃあ、来なくていいから、なにか食べるものをリョウヘイのツケでおごってよ。お金は今度でいいから。」
飲み屋に行ってもいないのにツケが増えていくのである。それに、わざわざ高い金を払ってフィリピン・パブに行かなくても、いつだってリミに会おうと思えば会える。
ある朝、まだ明け方の4時をちょっとだけ過ぎていた時刻にリミから電話が掛かってきた。
「リョウヘイ、大変だよ、水がホットにならないだよ。シャワーでないだよ。」
そういえば昨夜未明、かなり大きな揺れの地震があった。おそらく安全装置が働いたのだろうことは予測できたが、リミにガスの復旧、解除ができるとは思えない。面倒だったがアパートを借りたのは私だ。
これから先もずっと同じような事が続くのだろうか?
「面倒だ、一緒に住んじゃえ。」
実に短絡的な発想を行動に移したが、もうすでに私はリミを愛していたし、リミも私を独占していたのだから好意がある事は充分にわかっていた。
「リョウヘイ、のどが渇いたよ。なっちゃんのオレンジ買ってきてよ。」
ふたりの同棲生活はごく自然に始まっていた。常に一緒にいるとリミはわがままで可愛い女へと変わっていった。
「あのさぁ、今、何時だと思っているんだよ。真夜中の3時だぜ。この真冬に自販機まで買いに行けって言うのかよ。」
私は腹立たしさを抱えて言い放った。
「すぐ、そこじゃん。5プンで帰ってこられる。たった5プンだ。」
「5プンじゃあない、5ふんだ。ふん。」
「なんだって、いいじゃあ。5プンだよ。」
「そんな、わがまま言っているなら俺帰る。絶対に買いに行かない。」
「リョウヘイはいじわるだ。優しくなくなった。ニホン人、みんなウソつきか?」
フィリピン人には日本人にはない特有の優しい一面がある。私がリミのアパートに泊まり続けていて「下着のパンツが無いから一度、自宅に戻って取ってくる。」と言うと「私のパンティー履くか?」になるし「歯ブラシは一緒でいいじゃあ。」になる。
おまけに「リョウヘイも一回、化粧をしてやるよ。動くんじゃあないぞ。」
小一時間後、私の顔は化け物にされていた。
「リミさぁ、このアパートってふたりで暮らすには狭かった。少なくても2DKにしておけばよかった。」
私の言葉を聞いたリミは笑顔になって「やったぁ、ヒッコシ、ヒッコシ、リョウヘイと一緒にヒッコシだぁ。」
完全にリミの策略にハマっていたような気がする。