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第52話 淡くて、つたない夢

 マキと名乗るフィリピン人女性のもとには足しげく二年は通ったと思う。1度通い始めると、この手の店は骨の髄まで吸い尽くす。一夜の飲み代は徐々に高くなっていき、1年が過ぎる頃には当初の三倍近い請求になっていった。

当然、お支払いのときに手持ちの現金が無くて「ツケ、頼んでいいかなぁ?」となる。


 これが常連客への登竜門なのだが、他の一見さんとは別扱いされているスペシャル・ゲストになれたと勘違いさせられて気分良く飲ませてもらえるのである。もちろん有料で、それも輪をかけてぼったくられているのだが当時は気が付いていなかった。


 マキは付かず、離れずを繰り返し、日本に出稼ぎに来た哀れな女の子を演じきっていた。スナックのオーナーが彼女たちのパスポートを預かっているので店の都合よく働かされる。逃げる事はできないし、逃げようものならパスポートどころか、ビザさえも危うくなるのである。

それがイミテーションなら、なおさらであった。


 私はマキに言われるがままに高級感の漂うラベルの瓶の封を回し切り、自分では注文した覚えのない料理を口に運んだ。


 このマキとの関係は突然終わる。


 いつものようにスナックの名が入れられているネオンを横目で見やり、ドアを開け店の暗がりの一角に集まっているフィリピン人女性たちの中に入っていった。


 私に気がついたマキはすぐに立ち上がって「いらっしゃいませ、リョウヘイ。どこのテーブルでもいいよ。」と招き入れた。 店の女オーナーも私が来たことに気が付いて2階にある自室から出て、階段を降りてきた。


 「遼ちゃん、いらっしゃい。今夜も楽しんでいってね。」


オーナーの言葉に「随分、暇みたいだね。お客さんが誰もいない。」と言い返えした。


このフィリピン・パブの建物はもともとダンス・ホールだった時代があった。昭和の40年代後半までは賑やかな社交の場になっていたらしい。


 「そうなのよ、バブルがはじけちゃって、あがったりよ。遼ちゃんからいっぱい貰っちゃうからね。」


 マキに誘われるままテーブルのソファーに座りグラスを傾け始めようとしていた。各テーブルごとに黒いカーテンで仕切られているのは隣に客が来ても見えないようにするためらしいが、話し声は聞き取れる。卑猥な行為のための仕切りではなく、ただ客に落ち着いたムードを与えようとしているだけである。


テーブルの上には丸いグラスに入れられたキャンドルの炎が揺らめいている。私がマキに話しかける度に炎はマキの顔の輪郭をクッキリと浮かび上がれせ、寂しそうな瞳をより強く演出しているかのようだった。


 「マキ目当ての常連さんは今夜も来ないのか?」


意地の悪い質問だ。


 「もう、ずっと来ていないよ。遠いから、クルマの運転もあるし、仕方ないよ。わたし、お店辞めたいよ、暇だし。お金、貯まらないし・・・」


 マキの瞳は炎を見つめたまま、口だけで言葉を続けた。


 「わたし、お金いっぱい持ったらフィリピンに帰る。フィリピンに家、作るの。すごく大きい家を作る。日本人は家、作るのにお金を借りるんでしょう。フィリピンだったら400万円あればすごく大きい家できるよ。セキュリティーもすごくいいよ。一緒に暮らすか?」


 冗談とも取れる会話の途中で次なる客が入ってきた。


入り口のドアを外から開けると鈴が『カラン』と鳴り、薄暗いフロアにもブルーのライトが点滅する。


 「いらっしゃいませ、おぅ、ケンちゃん、久しぶり。」


隅っこのテーブルで戯れていたフィリピン人ホステスが一斉に声を上げた。


ケンちゃんと呼ばれている客はマキの常連客で、マキは私といるテーブルから立ち上がると、彼が立ったままでいる入り口まで迎えに行った。


 ケンちゃんを私の座っているテーブルの2つだけ離れた場所に誘うと再び戻ってきて「遼ちゃん、ごめんね。チェンジしてもいい?」そう言ってマキは私から離れていった。


 カウンターの横で立ちながら観察していた女性オーナーは目敏い。その場所に存在している事さえも分からなかったホステスを連れて私のもとに来た。


 「この子、おととい入店したの。リミっていう名前よ。遼ちゃんのテーブルに付かせてあげて。」


 リミという女の顔を見上げた。髪の毛はおそらく天然のパーマなのだろう。癖っ毛が強い。だが、きちんと整えてあり、瞳がブルーに輝いていた。 歯をちょっとだけ見せて笑顔を作り、私の前に座ったこの新入りフィリピン人ホステスは美しかった。

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