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第44話 母のMRI検査

 ある日、母から呼ばれた。


私の自宅と母の住む実家は直線距離なら500メートルも離れていない。父が亡くなったあと母は独りで暮らしていた。


私は一軒家を35年ローンで購入していたから、自宅が2つあるようなものだった。


 「遼平、最近、母さん具合が悪いの。町の健康診断では心房細動があるけれど様子見でいいでしょうって言われた。あとね、肺にちっちゃい影があるんだけれども、昨年の画像と比較してみて問題はなさそうだって言われた。多分、子供の頃に結核を罹ったらしいけれども気が付かないうちに治った跡だって医者が言っていた。」


 採血と尿検査の結果を見せてもらったが別段、異常な数値はなかった。むしろ健康そのものを意味する値だった。だから「様子見でいいんじゃあないかな。」になってしまった。


 それから数日後、町の文化センターに売れない芸能人が来た。名前だけは知っていたが活躍の場所がメディアにはないという芸人である。この芸人のパフォーマンスを見てみたいと母は友人から誘いを受けて出掛けた。


 この会場で尋常でない貧血に襲われた。母曰く、「目の前が真っ暗になって、いつ倒れるかと思ったくらいだった。冷や汗が流れて、今もちょっとめまいが続いている。」


 「それ以外に何か症状はあるの?」と聞くと「オシッコが出ないくらいかなぁ。でもそれは歳のせいだと思う。水分も取っていなかったし、軽い熱中症だったのかもしれない。」


 言われてみればその通りになる。症状からの憶測だけなら、そこらの内科医でも同じ事を言うだろう。そうタカを括ってしまった。


だが、いままで風邪で寝込んだ事さえない母が「万が一の時には電話をするからすぐに来てね。玄関の鍵の隠し場所を教えておくから。」と付け加えた。


 「そんなに具合が悪いんだったら俺の病院にあるMRIで診てやるよ。日曜日にデモンストレーション撮影したいって言えば一日中、タダで使いたい放題だからさ。」


 あの頃の私は何度も言うようだが天狗の鼻のように伸びていて同僚はもちろん、まわりの全ての人間を見下していた。自分にしかできない事が多くあり、また自分にしかできないように仕向けてもいた。


MRI撮影をさせたら日本で1番上手い技師とまでは言わないが、少なくとも県内なら三本の指に入るであろうと思い込んでいた。完全たる過信である。


 そんな私が自分の母親の身体をチェックするのだから絶対に病を見逃すはずがないし、ありえない事だった。


 当日はよく晴れていて真夏であることを否応なく感じる事ができた。


午前9時に母をクルマに乗せて私の勤め先である隣町に向かった。MRI検査を始めたのが10:00AMジャストだった。


 テスト・ボランティアとして母を使うという名目で始めた撮影だったがレントゲン室の前の廊下を通り過ぎる休日出勤者の目は気になっていた。


 「桑名君、休日なのに出勤しているんだ。」と聞かれる度に嘘で答えなくてはならないし、長時間に及ぶMRI撮影に疑念を持たれる可能性もある。



 母は尿が出ないと言っていた。


 まず最初におこなった検査は腎臓、尿路、膀胱までを画像化するMRUである。Uはウロの頭文字である。この画像の中には尿を詰まらせるものは見つけ出せなかった。 石も狭窄も腫瘍もない。あれば血尿があるはずだからこの部位はクリアでよい。


 次に肝臓、胆嚢、膵臓、脾臓を画像化した。ここにもなにもない。肺と心臓は除外した。MRIが不得手とする臓器である。


 この時点で12:00近くになっていた。ひとりの人間の身体を脚側から順に頭部まで撮影していく訳だから休憩を挟みながらおこなっていくので時間が余計にかかる。


 この休憩時間が厄介だった。


 撮影中は誰を検査しているのか、通りすがりの職員にはわからない。ところが休憩中の母は当然だが「遼ちゃん、なにか見つかった?」と聞いてくる。


 周りの目なんて全然気にしてくれないボランティアとなってしまう。



 病院の近くにある蕎麦屋に母を伴い昼食を済ませると最後の撮影に入った。残っている部位は頭頸部だけである。この時、私がおこなった撮影方法は4種類、頭部MRIを3種とMRAという脳血管撮影である。


この血管撮影を私は1番気に留めて検査した。脳血管に瘤があれば、それはくも膜下出血に繋がる可能性がある。


血管が狭くなっていれば脳自体が貧血を起こす、いわゆる脳虚血である。


 母の訴えている症状からしておそらく脳虚血症状であろうと予測していたから、この撮影だけは慎重かつ手を抜かずにおこなった。


 

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