第42話 アルコールの蟻地獄
LOVEの隣には『スナック綾乃』があり、通りを挟んで『下町』がある。この『下町』は元は中華料理屋だった。『終着駅』もちゃんと用意されていたし、『あそこ』もあった。
このネーミングのネオンをグルグルと回っているうちに月は消え朝日が昇るのである。
この一角を『アルコールの蟻地獄』とはよく出来たネーミングだ。
「遼ちゃん、下町に行くんでしょう、私も一緒に行くから待ってて。」
スナックLOVEのママは客より先に酔っぱらってしまう。酔っぱらって脚を組み、太ももを露わにする。胸元も大きく開いていて、手でさぐれば簡単に触れることができてしまう。
「ママは自分の店を閉めてから飲みにくればいい。この後だって客足はあるだろう。」
そう言っても「いいの、ほっといて。ドアだけ開けておけば勝手に入って呑んで歌っていく連中だから。それに下町に行ってお客を引っ張ってくるの。」
「俺は下町には行かないよ。隣の駅前にある『夢』っていう店に行ってくる。タクシーを呼んでくれるかなぁ。」
「あぁ、『夢』ね、あそこのママさんは美人だもんね。数年前まで、うちの店の裏手でお店を開いていたのよ。独りでね。それが男とグルになって、あっちに行っちゃてさ、いい気なものよ、えらく大きな店らしいわね。」
確かにスナック『夢』のママは美しい。年齢は私よりもひと回り近く上になるだろうか。その美しさは離れた場末の住人にも知られていたし色々な噂話も絶えなかった。
客と出来てしまって移転したのではなく、同じ穴のムジナ同士が手と手を取り合って好立地の大きな店舗にネオンを灯したのである。 そのママの容姿に魅せられて「あの、相方の男が死んだら客同士がママの奪い合いを始めるぞ。」とか、いつ死んでくれるかをただひたすら待ちわびている年金長者も腐るほどいた。
私もこの争奪戦に手を上げようかと思っていた時期もあったが実際にはレースに参加する事はなかった。
このスナック『夢』の店の前に道を挟んで壁全体を赤色一色で派手な装いを施した飲み屋がある。この店が気になってはいたのだが入店するまでに1年以上は要したと思う。
赤が表していたのは務めているホステスの国籍だった。日本人のホステスもいるにはいたが、客の誰が見ても「あの娘を付けてくれるんだったら、この店で飲んでいってもいいよ。」と思わせる女がいた。
この女は中国国籍だった。中国人は多分二人いたと思う。入れ替わりの激しい業界なので多分になるがこの中国人ホステスのひとりに完全にのめり込んでしまった。
名はミンという。源氏名である。