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第39話 罵倒

 すべてが嫌になっていた。


女の欲望を満たす事にもモノを売って報酬を得る事にも嫌気がさして全てを捨てて生きなおしをしてみたくなっていた。

ただ、気が付いていない事実があった。私の肉体はいつのまにかアルコールなしでは何もできない身体になっていたのだ。


 しかし、クルマを売る商売にだけはキッパリと縁を断つことができた。この決断の日が来たのは偶然だった。


クルマが売れないという事は営業所に戻る事が許されないという事である。


ある日の土、日の展示会だった。


「桑名さぁ、おまえ1台は確実に売れるって言ってたよな。今回の展示会でのノルマ予想台数に、おまえが言っていた1台も入れて報告してあるんだよ。」


 自動車販売会社のことを略して『販社』という。自動車製造メーカー自体は販路を所持せずに『販社』を通して販売を促進させている。


 展示会は毎週、土日にセッティングされていて、その都度、予想契約台数を本社に報告する義務がある。この予想を下回ると年単位で大きなペナルティが課せられるのである。このシステムがあるが故に中古車販売市場で『新古車』なるものが売買されるのである。


 所長の罵倒の言葉は続いた。


 「1度くらい断られたくらいでよく職場に戻って来れたなぁ、もう1度行ってこい。契約がもらえるまで帰ってくるな!」


 午前中のご自宅訪問の際に「もう少し、検討させてほしい。」というご主人の引き下がってきたばかりなのに2時間も経たないうちに再訪問しても売れるはずはない。


 こういう場合には当日限りの特典をチラつかせて落とすのが常套手段(じょうとうしゅだん)になる。


 「先ほどの訪問時には言えなかったのですが、今回お客様がご検討なさっていらっしゃる車種には、この展示会の2日間に限って値引き枠が追加設定されています。これを踏まえてご検討していただけないでしょうか?」


 こう言った文言を用意して再訪問のきっかけを作り出す。もちろん今回限りの特典などはない。


ある時はわざと、「1度、営業所に戻りまして所長決済を頂いてきます。所長が首を横に振ったら本社営業本部長に直談判してでもお客様だけに、あと5万円の値引きを出させます。ですから金額の折り合いが付いた時にはご成約をお願いいたします。そうでないと私の立場が危うくなってしまいます。」


 客にとって私の立場なんてどうでも良い。だいたい直談判など絶対におこなわない。近くの喫茶店に行って時間を見計らうだけかパチンコ屋で球を打っているだけである。


 この日、この客は契約しなかった。


夜の10時を過ぎていた。営業所内にある小汚い詰め所で私は罵倒され続けていた。


 「あと1台だ、おまえが嘘の報告をしたせいで俺のメンツが潰されたんだ。今からでもいい、もう1度行ってこい。絶対に契約を取ってこい。もし売れなかったら自分自身で買って台数合わせをしろ。」


 所長の剣幕は頂点に達していた。


 「今度、頑張ります。今回はすみませんでした。」


そう返答して逃げ切ろうと言葉にした。


 「桑名よぉ、おまえの言っている今度っていつ来るんだ?教えてくれよ。いつが今度なんだ?今回がダメで次があると思ってんのかよ。」


 言い返されると言葉がない。


 「今からもう1度、行ってこい。絶対に決めてこい。」


そう言われて営業所を追い出された。同じお宅に午前に伺い、午後にも再訪問してご契約いただけなかったご自宅に深夜に近いこの時間になって再度の訪問などできるはずがない。非常識そのものである。


 深夜でも灯りを付けている本屋がある。その本屋で時間を潰して、そのまま営業所には戻らずに帰宅してしまおうと思った。


本屋で手に取った雑誌が求人専門誌だった。迷わず開いたページが医療関係者を募集している特集掲示欄だったのは、私がかつて国立の病院で働いていた経験からであった。


 月曜日の早朝に自宅に帰り着いて、我が家に配達されていた前日の朝刊を手に取った。日曜日の朝刊には多くのチラシが挟まっていて求人のチラシも多いときには5~6枚が挟み込んである。


その中の1枚に小さなスペースながら病院が出した求人枠があるのを見つけ出した。


1、看護師(正・准)

2、医療事務(経験者優遇)

3、放射線技師助手(未経験者可)


 詳しくは総務・人事課までお問い合わせください。 080-・・・・・(直通)


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