第38話 オモチャ同士の関係
「この前、うちの店の若い娘もクルマを買ったんだけれど納車のときにガソリンは満タンになっていたし、契約の時にはいろいろなプレゼントを貰っていたわ。桑名ちゃんもプレゼントくれるんでしょう?」
里美は全裸のままで話を続けた。
「お客さまの中で会社を経営している人が言っていたわよ、定価の半値が妥当だって、オタクちょっと高いんじゃあないの?」
アルコールの入った席での適当で、いい加減な話を真に受けている。いくら大手の自動車メーカーでも定価の半値で売ったりはしない。この手の客に引っ掛かった自分自身が悪いのであるが1台売らないと2台目はない。
「いいじゃあないか、そんなケチくさい事を言わなくても。桑名はこの先ずっとお前のオモチャなんだし、俺にとってもペットみたいなものだ。裏切ったらローン返済をしなければ済む事だ、安い買い物だ。」
この亭主の恐ろしさは半端ではなかった。一般の社会人を装っていて、実は影でおぞましい企みを持ち続ける者ほど怖いものはない。
「そうね、そろそろ行きましょう、桑名ちゃんにご飯をご馳走してもらってからお店には同伴してもらうわ。終わったら連れて帰ってくるからね。帰りは4時か5時になると思うわ。」
妻の言葉に「寝ていたら起こせよ、二人で帰ってきて勝手におっ始めるんじゃあないぞ。」
「わかっているわよ、三人で一緒に楽しみましょう。」
里美という妻は亭主にそう言って、私を夜のネオンの中に引きずり込んでいった。ほとんど毎日がアルコールと性欲の沼の中だった。沼からやっとの思いで這い出ると、たどり着いた場所は滑った青みどろが身体中にまとわりついていて、拭ってもただれた肉体は汚泥の中に戻されていく。
「桑名ちゃんは私のオモチャなんだからね。」
里美という卑猥な女体の口癖になっていたが私自身、これを拒否したことはなかった。
人というものは環境に順応していく。非現実的な行為でも日常化してしまうと、それが当然の事となり、行為がなくなってしまうほうが不安になる。
「あなた、最近、楽しんでいるでしょう。」
この里美の言葉は的を得ていた。里美にとって私は確かに卑猥で異常な行為を楽しむためのオモチャであるが、順応した私にしてみれば里美のほうが私のオモチャになっていた。
これに気が付き腹を立てたのは当然のことながら里美の亭主である。
里美と私は同じような行為を楽しむカップルを見つけ出し、日常的に複数で交わる行為を楽しむようになっていた。里美というオンナの欲求を私ひとりでは満たすことができずに始めた複数での交わりは、里美そのものを変化させていった。
当然、行為の場所には複数の欲望にまみれた男と女がいて、1度始めれば数時間は果てしなく続く。
アルコールを含ませて脳を酩酊状態にさせ、次の肉体へと誘うのである。
永遠に終わりがないような錯覚に陥り、中年女性の里美は男たちに喰われ続けながら快楽を得ていた。
こんな行為はすぐにバレる。
里美と亭主が絡めば、いとも簡単にわかってしまう事である。つい数ヶ月前までの自分の女房の感じ方が全く異なっている事に気が付かないはずはない。
里美と私は亭主の前で何も纏わされずに立たされて、全てを暴露してしまった女房は頬を何度も叩かれ、床にうずくまってしまった。
残された私はただ、殴られるままに顔が腫れ上がっていくのが判るほどの熱を感じていた。右の瞼は切れて鼻からの出血と混ざり合って息ができない。
仰向けに打ちのめされると馬乗りになってきた亭主の拳を避ける手段は全くなく、ただ殴られるままになっていた。嫉妬というものが気を狂わせて私を殺そうとしていた、そう感じた時だった。
ぼやけきった視界の向こう側に里美が立っていた。
里美は両手で包丁の柄を握って亭主の背中を刺そうとしていた。
私の視線の先を感じ取った亭主がうしろを振り向いた瞬間だった。里美の両手が亭主に向かって伸びていった。
一瞬の出来事だったが亭主は包丁をかわして里美を押さえつけた。自由になった私は立ち上がり何も持たずに、ただ逃げた。
亭主も里美も追いかけては来なかったが、全裸の男が明け方の街を酒臭い息を切らせて、血みどろになってうろついている事は朝刊を配り始めた新聞配達員から通報され交番に連れて行かれ、そこから所轄の県警に廻された。
何が起きたのかを話すことは出来なかったし、警察官も泥酔した浮浪者だと思い込んだようだ。
里美と亭主があのあと、どうなったのかは知らない。