第37話 淫乱な夫婦
「はい、今晩、ご主人様がご帰宅後、ご購入の契約書に捺印していただけると伺って参りました。」
そう返答した。
「そうか、それでは契約書と書類一式は持ってきているね。里美、ペンと実印、あと朱肉も持ってきなさい。」
亭主が妻である里美を呼びつけた。この妻の名が里美である事は表札を見て知っていた。
いつの間にか妻はリビングから姿を消していて、キッチンから出てきたのか、それとも違う場所から現れて来たのか判らないが里美という名の妻は全裸で私の前に戻ってきた。
全裸でボールペンと朱肉と印鑑を持って私の座らされているソファーに近づいてくる。62歳の女の裸体そのものの一部分も隠さずに私の隣に座った。
「桑名君、里美と関係したんだってね。どうだったかな、私の妻は。若いお前のようなオトコには物足りなかっただろうね。」
答えようがない質問である。ハイともイイエとも言えない。
「桑名君、実はね、ちょっとでいいんだ、頼みを聞いてくれないか。どうせ里美の相手をさせられたのは分かっているんだ。私の前でもう1度、妻を抱いてくれないか、それも私の言う通りに里美に奉仕してくれればいい。交換条件だな。」
女房の里美も狂っているが旦那であるこの男はもっと気が狂っている。自分の妻を他の男に抱かせて、それを鑑賞しながら自分自身を慰め始めたのである。
ただ私としては最悪のシナリオだけは避けられた。男同士だけはクルマが売れなくなっても拒否していただろう。
この卑猥な夫婦が購入した車両は私が取り扱っている車種の中では1番、値段の低い乗用車で、現金一括で支払っても150万円に満たない。買い替えではなく「うちの奴の専用だから安くていいんだ。どうせ買い物に使うくらいだから。」という理由だったが、2点だけこだわりを持って注文を付けてきた。
ひとつは色である。ワインレッドのカラー車種で2週間以内に納車すること。もうひとつが前列シートを倒したときにフルフラットになる事だった。
「日本車は前列シートのヘッド・レストを取り外してシートの位置を前方にスライドさせれば、ほとんどの車種がフルフラットと同じようになりますよ。」と教えた。
この淫乱で卑猥な妻は「いい事を聞いちゃった。これで外でも出来るわね。」と言って笑みを浮かべて亭主と目を合わせた。
「お前のオモチャだ、勝手にすればいいさ。ただ報告はするんだぞ。」
亭主の言った『オモチャ』という言葉が自動車を意味するのか、それとも違う意味を持って放たれた言葉なのか理解できるのに時間はほとんど掛からなかった。
私はなんとかして話を元に戻そうと必死になっていた。
「奥様はお仕事をお持ちでは無いようですので、お支払い方法ですが自動車ローンをお使いのご予定でしょうか?」
私の質問に即答したのは亭主だった。
「頭金なしの全額ローンだ。36回よりも多く組んでくれ。」
「ご主人様名義のローン契約で良いのでしょうか?」
「うちの奴、ちゃんと働いているぜ、なぁ、里美。」
「そうよ、桑名ちゃん、私だって働いているわよ。今日はわざわざ遅刻しているだけよ。そうだ、桑名ちゃん、今夜はこれから一緒に夕ご飯を食べて同伴してもらいましょう。そうすれば遅刻扱いにならないからね。」
この妻、里美も夜の女だった。夜の女につくづく縁があるようだ。