第36話 酒と性欲の日々
アルコールの砂漠の住人たちは、みな優しい。
営業成績は上がらない。落ち込んでいく心を癒すには充分な空間を薄暗い室内として用意してくれている。
毎晩、22時くらいに店のドアを開ける。そしてラストまで飲み明かす。自分のまわりには金欲にまみれた女たちが溢れるように居続けてくれる。帰ることは許されない。
ウダツの上がらない仕事とアルコールと性の輪を毎晩、繰り返すようになっていった。
当然、時間の経過とともにこのバランスは崩れていく。人間とは楽な方向へ堕ちていくものである、その結果が酒と性欲の日々の始まりになった。
歳上の女の扱いには慣れていたから不自由はしない。女の欲望は常に同じである。同じであるから楽なのである。そして得られる報酬はアルコールそのものと店内への出入り自由という特権だった。
365日が酩酊の世界であり、欲望を抜き出す場所を得られただけに過ぎない。
いつものように会社を追い出されて街中を無意味に歩き続けると車検があと2ヶ月で切れる車両を見つけ出せた。こういう場合は迷う事なく『飛び込み訪問』をおこなう。自宅に家人がいるかどうかは時の運次第である。
ドアを開けて、出てきてくれたのは古びれた上下のトレーナーを身につけた60歳くらいの主婦だった。
「玄関先ではなんですから、お入りなさい。」
この言葉に翻弄されて、居間に招かれ、ソファーに座ってしまった。
この中年女の言う事さえ聞いていればクルマが1台売れる。たった2時間の我慢に過ぎないと自分に言い聞かせる。
普通の家庭の主婦のはずが実は、とてつもなく淫乱な鬼だったりするのである。
「ねぇ、あなたって歳上の女を気持ちよくさせることに慣れているわ、経験豊富っていうことよね。」と褒められる。
すると「経験があるんだったら、ちゃんと言いなさいよ。クルマ買って欲しいんでしょう。売りたいんでしょう。経験があるんだったら、こっちも条件が言いやすいのよ。私の亭主ねぇ、好きらしいのよ、判るわよね。」
何を求めているのか、伝えようとしているのか、理解できていなかった。
「夫婦だけじゃあ物足りないの、見ているだけでもいいから今晩、仕事が終わったらもう一度ここに来なさいよ。」
ここまで話を聞いて頭の中に浮かんだ想定は2つに絞られる。男同士で交わらされるのか、夫婦の営みに参加させられるのかのどちらかであろう。
しかし、そんな事はどうでもよい。とりあえず今月のノルマを達成しなければならない。言われるがままに応じるしかないのである。
この人妻と約束をしたのは夜の10時だった。本当の年齢は契約書をもらう時に知ることになるのだが、亭主は57歳、妻であるこの女は62歳だった。年上女房というやつだ。
約束した時間を少し過ぎてしまったが夫婦の自宅に訪問した。ちゃんと職場のホワイトボードには行き先を書き入れて、帰宅予定時刻の欄には直帰と記した。
リビングには普段着のままの夫婦がソファーに並んで座っている。妻から私が訪ねてくることを聞いていた亭主は私をテーブルを挟んだソファーに座らせた。
「桑名君だね、クルマの営業さんかぁ。妻はクルマを買うって言っていたのかね?」
そうまわりくどく聞いてきた。