第33話 猫の目の光
お墓は車で10分もかからない場所にあった。
墓といえば石碑と思うであろうが、そこにあったのは単なる大きな岩だった。唯一、ここが墓である事を教えてくれているのは花受け用の竹の筒が岩を挟んだ両脇に埋め込まれて刺し置いてあるからである。
それだけが墓であることを表していた。
27本のバラは多すぎた。二つの竹の筒には収まりきれず「残ったものは仏壇にお供えさせていただきます。」というおばさまの言葉に助けられた。
「こんなにいっぱいのバラの花、どこで買ったんか、もったいない。」と付け足された。
弟さんの車の後ろに付いて、全く方向のわからないまま1番近いインターチェンジまで導かれていった。高速道の入り口に差し掛かると弟さんはわざわざ車から降りてこられて「遠いところを本当にありがとうございました。兄も再会できて喜んでいるでしょう。真由美さん、どうもありがとう。」
そう言いながらお辞儀をなされた。
真由美の頬をまた伝うものが溢れてとまらなくなっていた。
直江津を旅してから数ヶ月が経ったある夜、真由美と二人で場末のスナックに出かけた。真由美とアルコールを共にするのは、家飲みを除けばスナック『愛』以来であった。
「真由美ってさぁ、ホステスをしていた割には酒飲めないよなぁ。」
「飲めるもん、なんだったらこれ、ストレートで一気飲みしてみようか。」
真由美はウイスキーの原液をグラスに入れて、氷をひと玉だけ落とすと口に運び、一気に飲み切ってしまった。それも立て続けて3杯目まで口に運ぼうとしていたので「やめておけよ、あとが怖い。」と止めた。
二人でよろけながら帰り、玄関の鍵を苛立たしく開けて2階の寝室に向かう。猫のモンクの目の光だけが私たちを見つめている。
真由美は布団に倒れ込むようにしながら「ねぇ、遼ちゃん、脱がせてよ。」と言って、うつ伏せに身体を回し私を招いた。
言われるがままブラジャーのホックを外し、下半身の下着もずらしていく。すべてを取り払って力のまま真由美の身体を仰向けに戻して私自身も同じように何もまとわず、お互いの体温を感じていた。
「身体が熱くなっている。アルコールのせいだ。」
そう言って真由美の口を自分の口で塞いだ。
「遼ちゃん、喉が渇いた。お水飲ませてよ。冷たいの、冷蔵庫にあるから。」
「あぁ、いいよ、待っていて。」
冷蔵庫には確かに冷えた『美味しい水』のペットボトルがあり、1本だけ取って2階に上がった。
「遼ちゃんは喉、渇かないの?」
「俺はいい。冷蔵庫に缶ビールがあったけれど飲んでもいいの?」
「いいよ、いっしょに持ってくればよかったのに。あっ、でも、その前にお水を飲ませて。口移しで、遼ちゃん。」
冷たい水を自分の口に多めに含ませておいて、ゆっくり真由美の顎を手で押さえてから、やや右向きにした。
口と口を合わせて塞ぐようにして、液体を真由美の喉に流し入れる。右の唇の端から溢れてきたものを指で摩り取りながら二人はいつのまにか眠ってしまった。