第30話 新潟、イタリア軒へ
新潟行きには別の用事もあった、というより本来の目的は友人の結婚式への出席にあった。
保育士の実習時代に仲良くなった女友達のひとりが新潟で就職していて、このたび晴れてご結婚となったそうだ。 結婚式場は市内にあるイタリア軒という老舗のレストランだった。
女性だけの3人で東京から新潟に向かう予定になっていたが、せっかく新潟まで行くのであれば、足を伸ばして直江津まで行って、彼の墓参りをしたいという思いが真由美の中に生まれた。
「遼ちゃんが車で連れて行ってくれるんだったら3人分の新幹線代が必要なくなるんだけれどなぁ。私以外の2人は20歳代よ。」
まんざら悪い話でもないなぁという思いと、日本海を1度、観てみたいと思い立ち運転手を請け負った。
所沢インターチェンジから関越自動車道に乗り新潟を目指したのだが、女三人寄った車内の騒がしさには耐え難いものを感じた。話をしている内容がさっぱり分からないのである。さっきまで話して笑っていたと思っていたら三人同時に眠ってしまう。
運転している私にはなんの遠慮もなかった。
関越トンネルの長い暗闇の道を抜けると新潟県に入る。片道で3時間以上はかかったと思う。まっすぐな路面は真夏でもないのに蜃気楼のように歪んで見えたが新潟市内は少し寒かった。
「遼ちゃんは結婚式が終わるまで待っていてね。どこに行ってもいいけれど午後の3時にはイタリア軒の駐車場に戻ってきてね。あと、アルコールは絶対に飲んじゃあダメよ。今夜のうちに直江津に行くから。」
真由美に言われるまでもなく、どこの誰だか知らない人の結婚式なんて出席したくはないし、それ以前に招待状が送られてくるはずもない。 車を走らせて海岸沿いの道に路上駐車し、日本海を見つめていた。
話には聞いていたが、太平洋側の海とは違い、荒い波が無数の白い泡を膨らませて打ちよせてくる。
遠くに佐渡汽船がぼんやりと見え、日本地図で見るよりも佐渡は近いという印象が残っている。頭上には回転式の展望台がゆっくりと回っていて日本海を一望できるパノラマの風景を演出しているようだが「登ってみよう。」とは思わなかった。
➖こんなところで3時間はつぶせない。新潟市内を見物に行ってみようか➖
市内に車を駐車できる場所があるのかわからなかったので、海岸沿いに置きっぱなしにして徒歩で戻ることにした。市内に続く道には坂が多く、途中、真っ白い教会があった。至るところに『将棋の名人、谷川浩司』の顔写真付きポスターが貼られていて、きっと新潟市内のどこかの老舗旅館で名人戦が開催されるらしい事を教えてくれた。
イタリア軒まで戻ってくると小道を1本だけ隔てた道沿いに、いかにも地方らしいヌード劇場があり入場料は1800円だった。安いのか高いのか判らなかったが70歳を超えているように見える券売のお婆ちゃんに捕まってしまった。
「おにいさん、あと15分で開演だからグッド・タイミングだよ。入っていきなよ。」
お婆ちゃんの呼びとめる声に ➖1時間は時間がつぶせるか➖ と反応してしまった。
「まさかと思うけれど、お婆ちゃんがダンサーじゃあないよね。」
そう聞くと
「にいさん、バカ言ってんじゃあないよ。うちの踊り子はみんな新潟美人の初々しい若い娘ばかりが5人もいるんだ。あたしの出る幕なんてありっこないよ。」
笑みを露わにしたお婆ちゃんの口まわりの皺がいっそう深くなっていた。