第2話 命を繋いだ戦い
東京競馬場(府中)第4レース 13頭立て、3枠3番。絶好の枠を引き当てて臨んだ未勝利戦のレースだったが万が一、勝てなければ出走できるレースは東京競馬場では残り少ない。連戦、連闘させなければいけなくなる。あるいは地方開催の夏競馬を移送させながら走るか、どちらにしてもロイス・アンド・ロイスにとっては負担になるしG1レースへの道が遠ざかる。
ーここを勝ちたい。勝って夏競馬を回避させて放牧に出し本番の秋競馬に臨みたい。念願のG1レース、菊花賞にチャレンジさせたい。ー
厩舎の目論見だった。春には未勝利ながらダービー出走まであと一歩届かなかったから悲願という言葉を使っても良いだろう。
ファンファーレが鳴り響き、それに続いて「準備良し」の赤旗が大きく振られた。
ー落ち着いているー
ゲートの中に入ったロイスは経験の豊かさからくる風格の違いをハッキリとスタート前から見せていた。
ガッシャン! ゲートが開くと好位置に馬体を光らせ気持ちよく散歩しているかのように鹿毛を光らせていた。
第2コーナーを曲がり切って向こう正面の直線コースに入った時には先頭集団を射程距離に見据えて絶好のポジションに彼はいた。
第3コーナーに入る直前、東京競馬場には大欅が並んでいて一瞬、馬群が視界から消える。第3コーナーも無事に通過してジョッキーの手綱は「まだだぞ。まだ行くな!」という言葉をロイスに伝えていた。
第4コーナーに差しかかってロイスが狙った進路は内ラチでも大外でもなく、ど真ん中の馬群を一気に走り抜けていく。彼の行く手を遮れるものはなく、この競馬場の長い長い直線に入った。
ーロイス、勝負はここからだ。まだ行くな、耐えろ!ー
東京競馬場の最後の600メートルは長くて過酷な上り坂である。数頭の馬体がこの直線の坂路で失速して後方に落ちていった。
ー今だ、行け!ー
ハミが緩んだ一瞬だった。前方を走る馬たちを容易く抜き去っていく鹿毛。ゴール地点でロイスが先頭で向かってくるのをターフビジョンから目を移し、青く光った芝の左方向に向けた。
命を賭けた馬体たちが、ただ一点を目指して疾走してくる。蹄の音が大きく響き、戦いの終焉が迫っている事を教えていた。
王道であった。
なんの策略もなくロイス・アンド・ロイスはゴールを先頭で駆け抜けていった。
単勝は予想オッズ通りの1、2倍。1万円が2千円増えただけの博打としては面白みに欠けるレースではあったが命を繋ぐ勝利であった。
この1時間後に我が家では何が起きるかなんて全く想像していなかった。