第26話 欲望
昭和50年代くらいまでのスナックはどこでも同じらしいが、閉店間際に店内の照明を落として『メリー・ジェーン』という曲を流す。チークタイムの定番曲だった。
「今夜は遼ちゃんとね、来て、おいで!」
真由美に誘われるまま店内の中央にあるミラーボールの真下まで、抱き寄せられるようにふらつきながら移動すると、真由美は私の頬を自分の頬に引き寄せた。お互いの身体は密着し、真由美の胸の膨らみが感じ取れた。
チーク・タイムが終わって店内が一瞬だけ間延びする。照明の灯りが音楽に合わせられない、ほんの一瞬だった。真由美の唇が私の口をふさいだ。
タバコとアルコールと香水が入り混じって、さらに何かを助長させた。
「先に行ってて、お店の左側の駐車場よ。そこに真っ白なフェア・レディーがあるから、そこにいてね。」
スナック『愛』のドアを出て、呑み屋のネオンばかりが設置されている階段をゆらゆらした足取りで降りていく。おそらく、築数十年は経っている鉄筋コンクリートの建築物には黒いカビがあちこちに派生していた。
駐車場で待っている私を見つけた真由美は「本当に待っててくれていたんだ、ありがとう。」そう言って手を繋いできた。 着替えをした服装は白いセーターにジーンズ、それにスニーカーを履いていて、ホステスの出立ちではなくなっていたが化粧だけは飲み屋のオンナのままだった。
「車で向かう距離じゃあないから、歩いて行くわよ。そこの角を曲がってすぐのところよ。朝の5時まではやっている、って言うか、お客さんが帰らなければずっと営業しているみたい。」
終わりのない飲み屋に入った記憶はある。だが、そのあとの事が辿れない。
気がつくと全裸の真由美が横にいる。天上の模様からみておそらくラブホテルではない。どれくらいの時間が過ぎていたのかもわからないが、横で眠っている真由美はイビキをかいて熟睡している。
なにも身に着けていない真由美の乳房を見つめていた。
「遼ちゃん、昨夜のこと、ちょっとは覚えているの?」
私の視線が真由美を起こしたのだろうか。目覚めると唐突に聞いてきた。
「カラオケ歌うって言い出して、舞台に上がって意識不明よ。」
全く覚えていない。
真由美の話を鵜呑みにすると私は昨夜、アルバイト先ではビールの中ジョッキを3~4杯飲んで、スナック『愛』では、ただ酒のウイスキーをボトルがカラッポになるまで飲んでいた。私自身もここまでは覚えているがさらに、真由美に連れられて行ったフィリピン・パブで羽目を外して、マイクをグルグル回してエルビス・プレスリーになりきっていたらしい。最後の締めとばかりにLove Me Tenderを歌おうとした時に意識を無くしたそうだ。
「ママの車を借りてここまで運んだのよ。すっごく重たかったんだから。」
白のフェア・レディーZは『愛』のママの所有車で、真由美は免許は持っているが自家用車は持っていなかった。昨晩はスナック『愛』のママも酔いがまわり酩酊してしまい、店の中で寝てしまったそうで、フェア・レディーを借りて私を運んだそうだ。
「なんで真由美は裸なの?」
私の率直な質問に「いつも、そうだから」とだけ答え返した。
「そんなにじっと見ないでよ。もしかして女性のカラダ知らないの?」
全く図星だった、と言うよりキスの経験も昨夜が初めてだった。真由美に見透かされているうちに吐き気と頭痛が襲ってきたが、それよりももっと激しい欲望が突き上げてきてしまった。
真由美は私を受け入れてくれたあと、彼女自身のことを話し始めた。