第20話 認知行動療法
アルコール依存症の入院期間は2週間、もしくは3ヶ月である。(近年2ヶ月に変わった) この選択は自分で決めることができる。2週間だけなら『解毒オンリー・コース』を選んだ事になるし、3ヶ月を選べば自ずと『プログラム・コース』を進むことになる。
『プログラム・コース』のセオリーは2つある。
ひとつは『自助会』を巡り歩いて、同じ経験者の体験話を聞く事。さらに、その場で自分自身の経験も言葉にして聞いてもらう。もう1つのセオリーが『認知行動療法』と言われるものである。
『認知行動療法』とはどういう環境において自身がアルコールを口にするのかを再考してみて、行動パターンを必然的に変えてしまう事を目的としている。と言ってもわからないだろうから実演してみる。例えば・・・
「ねぇ、遼ちゃ~ん、今夜お客さんが少ないの。エミちゃんが遼ちゃんに会いたいって言っているの。お店に来てね。待ってるわね!」
真夜中の10時くらいに行きつけの飲み屋のママさんから電話がかかってくる。すると・・・
「わかった。暇しているし、明日は休みだからタクシー呼んですぐに行くよ!」と答える。
これではママさんの思う壺である。
どうせ壺を購入するならテレビに出られて鑑定してもらえるくらい立派な名品にしたいものだが、こっちのツボは帰宅して目が覚めると財布の中身がスッカラカンになっている。おまけに記憶まで無くなっている。
「どうやって帰ってきたのだろうか?」という疑問を抱いて休日を頭痛と吐き気の中で終わらせてしまう。
『認知行動療法』では、こう言うべきであるという方法を学ぶ。
「ねぇ、遼ちゃ~ん、今夜お客さんが少ないの。エミちゃんが遼ちゃんに会いたいって言っているの。お店に来てね。待ってるわね!」
全く同じ文言である。
「ごめんね、ママさん。明日は友人と朝から出かけるんで、もう寝るところだったんだ。今度、絶対に行くから、またね!」
そう言って携帯電話を切ろうとする瞬間だ。
「あっ、遼ちゃん、エミちゃんが声だけでも聞きたいって言っているから今、代わるわね。切らないでね。」となって、さらに・・・
「遼ちゃん、この前はごめんね。今夜はラストまで遼ちゃんのテーブルに付いていられるから、ゆっくり語りましょう。待っているわね。きっとよ。早くね、ほかのお客さんが来て指名されるの嫌だもん。」
一枚、上手だ。終わった。これではずっとアルコールの沼の住人であり続けてしまうのでプログラムが用意されているのである。
この場合の答えは携帯電話には出ない。もっと大正解は携帯電話の電源をオフにしておく、である。
1週間に2回、この認知行動療法を寸劇として真面目におこなう。何度、経験してもこの寸劇の主役には抵抗感があったしエミちゃん役もアルコール依存症者同士で順番におこなうのである。ハタから見れば『バカバカしく、滑稽』なものだ。
もう一度、書いておくがアルコール依存病棟は女人禁制である。