第17話 暴動
ある日、暴動が起きた。
きっかけはインフルエンザの予防接種の自己負担金だった。予防接種は私が入院する2日前におこなわれていて事の真相は分からなかったが、希望者のみに接種されたらしい。
病院という場所は閉鎖された空間であるにもかかわらず院内感染の発生を嫌う。名目上は入院患者さんの院内感染を予防するためであったし、その通りで構わないのだが問題は接種費用だった。
故意にかどうかさえも分からないが、入院患者に予防接種の希望者を募った時点では無料であった。だから希望者という名目の下、全員が半強制的に接種を受けた。私も入院三日目に接種している。
ところが数日経ってから自己負担金の徴収がおこなわれようとした。自己負担額は1200円だった。
➖ずいぶん安い予防接種料金だなぁ。水で薄めたのか?➖
私自身はそんな想いで受けた。ところが、他の入院患者連中が怒りの声を上げた。
「ふざけんじゃあない。タダって言ったから受けてやったんだ。今さら、金払えだと、舐めんじゃあない。」
この暴言が二人や三人ではないのである。十人、いや、おそらくアルコール依存病棟入院者のほぼ全員が怒鳴り声を上げた。
「インフルエンザの予防接種料金が1200円は安いと思うのですが、なんで怒っているのですか?」
何も知らないという事は馬鹿を丸出しにして敵意を相手に突きつける事になる。
「あのなぁ、あんたなぁ、こっちは必要の無いものに10円だって払いたくないんだよ。10円あればゴールデンバットが1本買えるだろう。」
タバコは個人間で売買されていて、箱売りではなくバラ売りされていた。吸いたくなったら、その場で1本だけ買うのである。そしてこの時、このアルコール依存病棟の住人たちの殆どが、どこかの福祉を仲介して集められた生活保護者であることがわかった。
ある日、抱きかかえながら病棟に連れて来られた爺さんの風貌は路上生活者そのものであった。
髪の毛はベッタリと固まっていて洗濯板のようだった。髭が伸び過ぎていて、どこが顔なのか分からない。半開きになった口角からは舌が出っぱなしになっていたから爺さんの通った跡はナメクジのように唾液で濡れていた。
連れて行かれた場所は、よほどの事がなければ使われる事のない個室専用の浴槽だった。あまりの風態の悪さと汚物にまみれた不衛生な部分を看護助手が二人がかりで綺麗に洗い流し、髪はバッサリ切り落として、髭もハサミでザクザク切って短くしてから刈り落とされた。
1時間以上が経った頃、フロアーに連れ戻された爺さんは『じいさん』ではなく『にいさん』だった。