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第15話 三鷹の精神病院

 小さい声で質問してくる女性のケースワーカーに対して私の答える声は呂律がままならず、汗がドロドロと流れ出てとまらない。手に持ったハンカチはびしょ濡れの状態になった。渡された紙に住所と名前を書こうとすると手が震えて全く読むことが出来ない文字になる。離脱症状である。


 「読めなくても構わないから、書くだけ書いてください。」


焦るとなおさら震戦は激しくなる。右手の震えを止めるために左手を添えて押さえ、ようやく書き切ったがミミズが文字を作ってるようになってしまう。疲労感が尋常ではなく、何かわからない恐怖心がますます冷静さを失わせていく。


「今から病室に向かいますから荷物を持って私に付いてきてください。自分で持ってきてくださいね。」


ケースワーカーに代わって身長が私と同じくらいある女性ナースに促され、外廊下の吹き溜まりを横目で見ながらうしろを付いて歩いて行くと11階建ての病室の横に隠されるようにアルコール専門病棟はあった。


 奥行きだけがやたらと長い二階建ての病棟の一階、入り口横にはこの病棟を退院した者だけが通える外来がありる。週に2回だけ扉を開けるようだが今日は誰もいない。


 この外来診察の場所を除けばアルコール依存症者以外の入院患者も利用できる共有スペースとして区分けされていて、医学用語でいうリハビリテーションの場となっている。不安神経症の患者、精神疾患の者は隣にある11回建ての灰色が眩しい病棟にいる。


 二階部分だけがアルコール依存者病棟であって女人禁制だった。ひと部屋に6人づつ入れられてテレビは個人に用意されていない。小さい文具入れのような引き出しと物入れ用の移動型のテーブル、縦に長いロッカーだけが個人で自由に使える。


 冷蔵庫は共同利用の一台だけが広いフロアーに置いてある。病院の敷地内にある売店で買ったアイスクリームの上蓋にしっかりマジックペンで名前を書いて入れておいても無くなってしまう。


 広いフロアーは食堂兼リビングルームでもあり、その一角だけ四畳半分の畳が敷かれている。その隣には大型テレビが1台あり、本棚も設置されていて雑誌、漫画本、小説もある。ジャンルが不統一なのは先住者が置いていった遺品だからだ。


 ラジオ付きのカセットレコーダーの赤が異様に鮮やかに見える。このレコーダーを使って毎朝、ラジオ体操をおこなう義務がある。そしてもう一つ、病院から井の頭公園までの早朝散歩が義務として課せられた。雨でも雪でも早朝7:30には病棟を追い出されるのである。


 病棟は禁煙であるが喫煙ルームがフロアーの端っこにある。

タバコは吸えるがライターは持ち込めない。15cm×10cmくらいの長方形のボックスが設置されていて、タバコの先端を真ん中に空いている丸い穴に挿入する。その穴の下にあるスイッチを長押ししながら口の方をタバコに近づけてプカプカすると内蔵されている熱線が葉を焼き始めて煙が出てくる。


 この喫煙ルームが唯一の憩いの場と化す。

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