第14話 アルコール依存症への第一歩
病院で働きながら夜学の放射線技師学校に入学し、無事に4年間で卒業、国家試験も一発で合格できた。
私だけの努力では決してできなかった。懸念していた三年時と四年時の実習の際、1日も職場には行っていないにもかかわらず給料は全額保証され、銀行口座に振り込まれていた。明細を見て驚いたのは交通費も振り込まれていて、さらには皆勤手当の1万円も加算されていた事だ。
入学してわずか2ヶ月で父を突然失った我が家のことを気にかけてくれていたのだと思うし、あの時、私が決行した『引き抜き大作戦』も、もしかしたら、院長は全てを見通していて私の策略に引っ掛かってくれたのかもしれない。
今の時代、これほどの経営者には巡り会えないだろう。
給料は手取り20万円から一気に年収600万円プラスαとなり、アルバイトを入れたりすると使っても湧き出てくる温泉の湯のようであった。アルバイト先はラブホテルではなく、1回行って現金支給5万円也の憧れていたものである。
そして、これこそがあぶく銭の危険をもたらす命を落としかねない事態へと進んでいく第一歩になる事を、この時は知る由がなかった。
自ら努力して這い上がり、勝ち得た金をなにに使おうが自分の勝手だ。私は父と同じ道を選んだ。父は食い物に呪われたのだが、私が落ちていったのは『気狂い水』だった。
三鷹という街は閑静な住宅地と賑やかな商店が共存している。東に向かえば、あの有名な井の頭公園があり、住宅街には元将棋の名人宅もある。文豪、太宰の墓もあれば若い時分の瀬戸内晴美が暮らしていた場所でもある。
そんな一角に『精神病院』はあった。
精神病院であるから精神に病を抱えた者が入院している訳だが、アルコールの飲み過ぎくらいで入れる施設ではない。
ケースワーカーらしい女性の質問が始まった。
「初めてお酒を、アルコールを飲んだのは何歳の頃なの?」
「中学三年生の時に飲んだコニャックです。」
中学三年の受験生の時、勉強という名目で夜更かしが許されていた。ちゃぶ台には問題集とノートが置かれていたが、目に前のテレビのブラウン管には女性のヌードが映っていた。
➖なんで、サラ金とラブホテルのコマーシャルばっかりなんだろう?➖
深夜のテレビ番組のスポンサーはサラリーマン金融か今は亡き『目黒エンペラー』というホテルばかりが流されていた。
私の座る後ろの押入れには父がどこからか入手してきた黒い化粧箱が隠されていて、一目瞭然で洋酒が入っっているとわかる。 箱の中身の瓶も格式を尊重した黒色を呈していて、中身が何色であっても外から見れば黒一色になる。
ラベルにはNapoleonと記されていて、その下にやや小さい表記でcognacと読める。血液占いなんて全く信じていないが私の血液型であるB型は興味を持つと即、実行に移す習性があるらしい。
未開封のまま仕舞われていた黒い瓶のキャップをひねって開封してしまったからにはもう後戻りは無意味である。
熟し切ったブドウの濃厚な味わいが舌に沁みた。
➖美味い➖
これが本音である。 生まれて初めて飲んだアルコールがこんなに美味しいなんて、今まで損をしてきた。
黒い瓶はその夜のうちに一滴も残らず私のハラワタに染み込んでいった。空になってしまった瓶には水道水が入れられて、再び箱の中にしまい、元の押入れに置かれた。
父はもともとお酒を飲まない。飲まないのだが貰って帰ってくる。ミニチュアの洋酒のコレクターをしていた時もあったからウィスキーとブランデーには事欠かなかった。ただし、瓶は本物でも中身が水道水に入れ替わるのに3ヶ月もかからなかった。