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第11話 引き抜き大作戦

 診療放射線技師専門学校を受験するまでの意気込みはいいのだが、その後のことは全く考えていなかった。


技師学校の四年間に要する学費は教科書代を含めると600万円でお釣りはこない。さらに三年次と四年生の時には実習というものがあって就労と両立しない。


➖この学費をどうするかだ➖


 父はこの時はまだ生きていたが56歳、今さら学費を出してくださいなどと甘えた事は言えない。大体、大学受験時に受験費用を出してもらっておきながら受験会場に行っていない過去がある。合格通知が届くはずがない。


 元号が平成になって一桁代までの時代、おおよそ平成9年頃まで、どこの医療施設も放射線技師の確保ができずに近隣の大学病院や総合病院からアルバイトとしての雇用を余儀なくされていた。


 私を助手として雇用した病院にも常勤の技師はおらず、大学病院から週に2回、5人組によるローテーションを組んでお越しいただいていた。夜勤明けの休暇を使ってお小遣い稼ぎをするアルバイトであるが、報酬が素晴らしく良い。


 実質6時間勤務で昼食が付いて、お帰りになられる時には封筒の中に万札が5枚入れられた現金支給だった。


 もう一名の技師さんは超ご高齢であって、おそらく80歳を超えていたと記憶している。週に3回もおいでくださり、ほとんど何もせずに、ただただレントゲン室にいるだけである。動くのは指先で新聞紙のページを括る時くらいなもので、一勤務あたり2万円を貰って帰っていく。


 実際に働いているのは無資格、無免許の私である。


➖アルバイトの連中や爺さまにあんな高額の報酬を渡すくらいだったら、俺のことを技師学校に通わせるくらいの金を出しても良いじゃあないか!➖


 そう思い立ちある計画を実行に移した。ある計画とは『引き抜き大作戦』自分でネームングした。

 

 まずはレントゲン・フィルムの営業で出入りをしている角田さんに口利きをお願いした。


「技師の助手の募集があったら公になる前に教えてほしい。」


 頼んで1ヶ月もしないで募集は持ち込んでもらえた。角田さんは行動範囲が広く、やり手の営業マンであり、のちにはご自身で医療機器仲介販売会社を設立してしまうほどの実行力の持ち主だった。


「新座って知っているよね。新座の病院で技師の助手を募集する事になるらしい。面接してみるかい?その気があるのだったら話を技師長に通しておくよ。でも桑名くんも知っている通り、あそこの技師長は怖いよ。すぐに手を出すし、口汚い事で有名だから人の出入りが激しくて入れ替わりがはやい。」


 こういう案件こそ、願ったり叶ったりという。すぐに面接の段取りをお願いして私がプランニングした『引き抜き大作戦』は決行された。


「桑名遼平君だね。メーカーの角田さんから聞いたけれど技師学校の夜学に通うために勉強中らしいね。昨年は不合格だったことも聞いているよ。諦めた方が良いんじゃあないかな。」


 新座市にある総合病院の経営者の質問はストレートだった。ストレートな質問の方が打ち返しやすい。


「二十歳を少し過ぎた頃、国家公務員の初級試験を受験した事があります。あの時の試験に比べれば難しいとは言えません。」


 むしろ簡単な方ですと付け足しそうになったが、わざわざハードルを自分で上げる事はない。そして続けて答えていった。


「今、働いている病院には奨学金制度がありません。過去にはあったそうですが看護師資格取得後、学費を払ってもらったナースが即、転職されてしまい騙されたと言っていました。」


➖こんな事はよくある話だ。実際には私がでっち上げた逸話である➖


「それに、今もらっている給料では受験に受かっても授業料が近い未来に払えなくなると思います。」


➖これは本音だった。授業料はおろか入学金さえ用意して受験に臨んでいない➖


 「自分で決めた事ならやってみればいい。ただ、当院の技師長は厳しいよ。学費は建て替えて払ってあげる。資格を取得後、5年間働きながら給与天引き返済でいい事にしよう。頑張ってみてくれ。」


 計画通りのお言葉を頂き、まず第一歩は踏み出せたが私には付け足しておきたい条件があった。


「ひとつ、お聞きしておいた方が良い事があるのですが・・・」


「なにかな? 給料の金額か?」


「いえ、それもありますがその前に来年の入学試験も不合格だった場合の件です。」


「それは結果が出てから考えれば良い事だ。落ちる前提でここに来たのではないだろう。まずはやってみろ、やってから聞いてやるよ。」


 ありがたいお言葉を頂戴できた。給料がどうでも良いはずはない。実は転職する意思、そのものが無いから給料の金額なんて尋ねる必要がなかったのである。


 面接を終えて数日が経ってから計画の第2弾に移った。勤務している病院長との直接交渉である。


 「院長先生、お話したい事がございます。お時間をいただけますか?」


意を決した私の実行力は我ながら見事に早い。


「今でもいいよ。それとも私の部屋で聞こうか?外来の診察室もこの時間なら使っていないから、どっちでも構わないよ。」


 助手として働いている病院の経営者兼、院長先生を捕まえた。失礼な言い方になるが、待ち伏せしていたのだから「捕まえた」という言い方が合っている。


 「院長室でお願いいたします。」


 私は院長先生の後ろに付いて病院の端にある院長室までの廊下を歩きながら、頭の中ではこれから口にするセリフを反復していた。


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