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第112話 何万匹もの小蝿とゴキブリたち

 私の居場所は自宅一階にある八畳の居間だけである。テレビは点けっぱなし、エアコンも二十四時間、冷たい風を流し続けている。瓶に残っているウイスキーをビールジョッキに移し、氷で適当な濃さと冷たさにする。そしてその液体を口に運ぶ。


 ウイスキーが食道を通過した途端に嘔吐した。トイレに行くタイミングが無いので部屋のゴミ入れに吐く。黄色くて粘っこいものが流れてきた。


一回だけでは済まない、ウイスキーが喉を通過するたびに嘔吐を繰り返す。嘔吐物は溶かしたゴムのような匂いがして、さらなる吐き気を助長する。スチール製のゴミ入れには黄色い汚物が溜っていくだけで誰も片付けてはくれない。吐いても気分はまったく良くはならない。


 何日も固形物を口に入れていないので吐き出せるものは胃液とアルコールが混在した液体だけで異臭を放っている。


 吐いては呑む、呑んでは吐く。これを繰り返していると喉に強烈な痛みを感じるようになった。胃液が咽頭と喉頭部を溶かしてしまい潰瘍による切り裂かれた痛みだった。吐き出した黄色い汚物には赤い色の線状の帯が混じるようになった。


 スチール製のゴミ入れの底の隙間から黄色い汚物は流れ出してきて畳を腐らせていく。居間は自分が横たわれるスペースだけを確保して、空になったビールの缶とウイスキーの瓶が数百、数千と畳を覆い隠す。あるモノは意識して立っている、あるモノは手で圧し潰された死骸となって放置されている。


 このアルコールの死骸たちの上空をまるでパトロールするかのように低空飛行で小蝿が何万匹も無秩序に飛び廻っている。たまにゴキブリも顔を出してくれて私の生死をうかがってくれた。嬉しかった。この世でゴキブリだけが我が身を案じてくれている。


 髭のラベルのウイスキーが残り少なくなると、腐った身体を引きずりながらコンビニエンスストアに買い出しに行く。


『なにか食わないと死んじまうなぁ』という思考が働いて買ってきたものが、即席の冷やし中華であり、ところてん、根生姜の酢漬けだった。ちゃぶ台の上で腐敗して土のように変化したものがプラスチック製の容器に入ったままになっていたが、あれはおそらく冷やし中華の成れの果てだったのだろう。


 風呂にも入らず、シャワーもしない。歯も磨かなければ顔を洗うこともない。この生活が半年間続く。トイレにだけは行く、這ってでも行く。真っ黄色の尿と水便しか出てこない。便は個体にならないので下痢の状態が続き下着を汚す。


 用を済ませたあと、水に手をかざして濡らしてみた。少し擦っただけで手の甲から垢がとめどなく出てくる。


 終焉の時がきた。精神も肉体もすべてが崩壊し尽くした。テレビからは『おっはようございま~す』とけたたましい声の挨拶が響く。『天の声』と言うらしい。『南海キャンディーズ』の山ちゃんという漫才師の声だと後日知った。この人に何ら罪は無いが十数年の時を経た今でも彼の声は私にとって過去をフラッシュバックさせている。


 複数回に及ぶ入退院時に処方された抗酒剤のノックビンが冷蔵庫内にストックされているはずだ。数えてみると30日分もある。この30日分の粉薬を一気に口に入れてビールの勢いを借り、胃に流し入れた。ノックビンを服用した身体はアルコールを解毒できないので動悸が激しくなり心臓発作を起こして死に至るケースがある。


 自殺のマネごとをしてみたのだが私の身体は無反応だった。ドアノブにタオルを丸めて頭を通し、首を締めつけてみたが、一瞬で頭が『カァ』と熱くなって苦しさに耐えきれずやめる事にした、ならば人生の最期くらいは侠気(おとこぎ)を出して割腹自殺をしようとカッターナイフの先を腹に刺してみたが、1ミリの深さを差し込む前に挫けた。


 結局、私は意気地無しなのである。


 自殺未遂まがいの行為をおこなったとフィリピン・パブ『夢』の美人ママさんに携帯電話で話をしたら「今から自宅に行くから待っていなさい」と言われてしまった。まったくもって迷惑な連絡をしてしまったものだが、おいで頂いても私の身に何ら変化はなく、ただ汚らしい惨めな廃人姿を露呈するだけであった。


 「どこに行くのさぁ」


 美人ママさんに聞いたら「病院」と言われたので「俺、まったくもって変化なしだよ。何だったらママの店に行って一緒に飲もうよ」と話をすり替えてしまう始末である。

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