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第111話 キチガイ水

 私はこの原子炉製造会社の株を購入する時に信用取り引きによって約1000万円を証券会社から融資してもらっている。


株の購入の怖いところは自己資金が無くても保有株の株価の80%を借り入れる事ができてしまうことにある。


 何度もパソコンの前に座って証券会社のサイトにアクセスする。すべての保有株が赤色になっている。破産に近い状態を意味していた。逃げようにも電力株と原発製造会社の株が邪魔をして抜け出せない、かといって放置する事もできない。保有株の80%を割り込むのは時間の問題になってしまった。


 逃げ出す方法はただ1つ、カードローンを使って負債額を一時的に埋めて逃げ出す。カードローン数社から限度額いっぱいまで借り上げて証券会社の口座に移し、売り飛ばせる銘柄から順にすべてを売り切っていった。


このあと起こる『付け』のことは後回しにして逃げ切った。


 私の元に残ったものと言えば震災発生時に買いだめしたアルコール類、それにタバコ、あとは普通預金の十数万円と財布の中にあった現金、数万円のみ。証券会社の負債からは逃げられたが、次にやってくるのはカードローン地獄である。


 生まれて初めて金がない恐怖を経験した。


 ただ常勤雇用されていたので給料は勤務さえし続ければ一定額が入ってくる。そう、勤務さえしていれば良いのだ。たとえ職場に行って、何もおこなう事が無くても通勤を繰り返しさえすれば良いことだった。


しかし、私はこれさえも放棄した。理由はまことに自分勝手な言い訳ながら計画停電である。震災時に電力が不足して、時間を決めて地区ごとに停電を実行した。レントゲン室には窓がない。停電されると闇に中に置き去りにされてしまう。


 レントゲン機器に電力が来なくても一向に構わない。なぜなら撮影自体がないからだ。姥捨山病院にも自家発電装置は屋上に設置されていたがパワー不足で入院患者の命を保つ機器に廻されていた。


 計画停電の時間がくると私は病院の裏口から外に出て、いつもの公園に行く。公園でなにかをする訳ではないのだが、病院内にいても絶対に業務はこない。来ても出来るはずがない。それなら真っ暗な部屋で待機するよりも明るい太陽の下、時間を潰していても良いだろう。


 何かを考え始めると必ず金銭面、破産という二文字にたどり着いてしまう。この思考回路は自宅に戻ると、さらに助長されてしまうので回路を遮断するためにアルコールを飲む事になる。


 もうお判りになるだろうが、一旦飲むという行為に集中すると朝も昼も夜もなく、ただただ飲む。


飲んで飲んで飲みつぶれるまで飲んで・・・こんな歌が昭和歌謡曲にあったが、あの曲は哀愁歌であって、私の飲み方は俗にいう『キチガイ水』そのものである。


当然、連続飲酒が始まり欠勤、連続欠勤、さらに欠勤となり、本来おこなうべき事を放棄してでもアルコールを選んでしまう。


 まったく連絡が取れなくなった医療従事者を雇用しておく意味などない。この頃になると解雇とか免職とか、職の辞め方なんてどうでもよくなり、ただ入ってくる金、今、所持している金、口座から引き出せる金額のバランスしか考えられなくなっていた。


その結果がまた思考回路を遮断するための『キチガイ水』を飲む。この言葉、最近では人権侵害にあたるらしく使用してはいけないらしいのだが、アルコール依存症者が自己認識しているにもかかわらずアルコールを連続飲酒するのだから、非常に的確な言葉だと思う。


 一日中呑む、飲んでいない時間はおそらく寝入っているのだろうが無意識にすべてが流れていくのであるからわからない。ただ、そこに置いてあるアルコールを呑む、飲まないと恐怖感に襲われる。


 この連鎖はこの年の十月まで続く。


 

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