第107話 白一色の隔離部屋
連れて行かれた部屋は通称『ガッチャン部屋』だった。最初の一歩を踏み入れた時には気が付かなかったが左右、正面の3方向とも白一色の壁で、ベッドが左の端に置かれている。窓はない、テレビもない。昔、流行した曲と同じだがラジオもない、読み物も用意されていなければ水道の蛇口も外されている。トイレらしき穴はある。
「担当の先生は外来が終わってから来ますので、それまでゆっくり、こちらで休んでいてください」
ご丁寧な言葉を残して看護師はドアを閉めた。ドアを閉められて3方向ではなく4方向の壁すべてが白一色であることがわかった。閉められたドアのノブを回してみたが動かない。内側からは決して出る事のできない隔離部屋であることにようやく気がついた。
初めての経験だった。今までの入院生活で隔離された事はなく、聞くと経験するとでは、これほどまでに違うものなのか、という思いから恐怖心が生まれてきた。自由の『じ』一字さえない。オンナに手を出すなんて全くありえない状況に身を投げ入れられた。
四方が白い壁、恐ろしい孤立感の演出、気が狂い出しそうになってしまった。ドアノブだけが方向を教えてくれる唯一の小道具で、その壁の向こうに廊下がある事がわかる。
「出してくれ!ここはダメだ、俺には無理だ。誰か来てくれ、早く出してくれ!」
この壁の向こうに誰かが通っているかなんてどうでもいい。自分の気が狂う前にここから逃げ出さなければならない。
「誰もいないのか!出してくれ、頼む。鍵を開けてくれ。ここから出してくれ!」
ドアノブのある壁を這うように見上げると小さな白い呼び出しブザーがあることに気がついた。
「は~い、どうしましたか?」
呑気な声が天井に設置されているスピーカーから聞こえてきた。
「来てください、出してください。今すぐにです」
私は泣き叫ぶように頼み込んだ。
「今、行きますね。ちょっと待っててください」
全く呑気だ。だいたい白い壁になんで白いブザーを設置したのだろうか、これでは同系色でわからない。
十分くらいが経ったと思う。ドアが開き、入ってきたのは担当医師だった。
「俺にはこの部屋は無理です。帰してください、自宅に戻ります」
私は決断したばかりの禁酒を、いとも容易く捨ててしまった。
「いいでしょう、帰宅してもらっても構いません。ただ、一筆書いておいてから出て行ってください」
書かされた書類はまたしても念書だった。
『私、桑名遼平は今後一切の治療、診察を貴院に要求いたしません』
出入り禁止の覚え書きである。
入間航空自衛隊近くにある病院から診察を拒否され帰宅した我が家の居間には、飲み残しのウイスキーがちゃぶ台の上にそのまま残されていた。冷蔵庫を開けると1缶、168円で買い溜めしておいた発泡酒が3缶入ったままになっていた。




