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第105話 マキからの手紙

 「イヤだよ、あんなおじいさんとエッチするの。絶対に手を出さないって約束してくれたよ。絶対にダメだよ、エッチはやんない」


 マキの考えの甘さに私は言葉を付け足した。


 「求めてくるに決まっているじゃあないか、オトコとオンナが同じ場所に暮らしているんだぜ。やめておけ」


 「あのさぁ、私の紹介した男にケチ付けるんだったら、あんたがマキと結婚してやってよ」


 『甚平』のママは語気を荒くして二人の話を遮断した。


 「イヤだよ、俺は外人とは二度と結婚しない、ものすごく面倒な事になるからね」


 「その面倒くさい事をマキのためにしてくれるのだから良い人じゃあないの。あんたがいちいち口を挟むんじゃあないわよ」


 そう言われると返す言葉がなかった。仕方がない事だってある、そう思う事にしよう。ただし、その中年男性に一度は会っておこう。


 「俺の母親が住んでいた実家に使っていないダイニングテーブルや家具類がいっぱいあるから欲しいものがあれば取りに来いよ。全部、あげる」


 マキにそう言ってみた。


 「ありがとう、取りに行くよ。場所って変わってないよね。トラックをレンタルするよ」


 マキは微笑みながら言葉を返してきた。


 後日、本当に男がトラックを借り、マキを助手席に乗せて実家にやってきた。肌は陽に焼けて黒く、前歯がない。おまけに頭髪もない。人を見た目で判断してはいけないのだが、どう考えてもこの男とマキの婚姻は不釣り合いだと思う。


 「本当にいいんですか、このダイニングテーブル一式もらっていきますよ。こっちも持っていっていいんですか、助かっちゃうなぁ。カーテンも貰っていっていいんですか?」


 ところどころ数本だけ残っている歯を見せて口元を緩めっぱなしにしながら手際よく家財をトラックの荷台へ積み上げていく。


 「ロープの固定は慣れたものですよ、なにせ本業ですから」


 浅黒い顔に笑顔を浮かばせているこの男に「ご職業はなにを・・・」と聞く気にはなれなかった。


 そうか、マキはこの男のモノになる替わりにビザを手に入れるのか。そんなにしてまででもマリッジ・ビザが欲しいのか。永遠にニッポンにいられること、彼女にとっては夢を具現化させる第1歩だったのだろう。


 ー フィリピンに仕事ないよ。お金持ちになれる人はちょっとだけだよ ー


 ー わたし、マニラの高級エリアに家を買うんだよ ー


 ー 叔父さんとお母さんに家をプレゼントするよ ー


 ー だからガンバルよ ー


 マキは十歳代で日本に出稼ぎにきた。フィリピン国内の友人たちの話を鵜呑みにして日本に来てしまった。


 ージャパンで働くと1日で10万ペソももらえるよ、ホントだよー


 ー 私の友人はマニラの一等地にマイホーム作ったよ ー


 ー ジャパンはみんな、お金持ちだよ ー


 バブルは終焉を迎えて久しい。


 成田空港の第2ターミナルから名古屋へ売られ、逃げ出してこの街に来た。この街はマキの夢を叶えさせるには小さすぎた。


 ー ニホンジンハ ミンナ ケチダネ ー


 マキと男が母の実家に来て家財を運び出してから数ヶ月が経ったある日、いつものように同じ飲み屋コースを渡り歩いていた。当然、居酒屋『甚平』にマキの姿はない。三軒目のフィリピン・パブ『夢』にも立ち寄った。


 「リョウちゃん、知っている?甚平にいたマキがいなくなったの。オトコの家を出ていって、どこにいるのか判らなくなっているの」


 「俺、知らないよ。なんの連絡ももらっていない。甚平を辞めてからは会っていない」


 「お金を貸して欲しいって、頼まれなかった?かなり困っているっていう噂はあったわ。リョウちゃんにはなにも言ってこなかったんだ」


 私にはマキの身になにが起きたのかが解る。あれだけの可愛い顔立ちをしている、幼稚さを残していたが気が強いところもあり、負けず嫌いだった。あの負けず嫌いが、好きでもないオトコに肌を触らせるはずがない。しかし、どこに行ってしまったのかは見当が付かない。


 マキの行方が分からなくなって数ヶ月が過ぎていた。私の実家の郵便受けに一通の外国郵便が入っている事に気が付いた。 to Japan のアルファベットと赤と青のコントラストに包まれた封書だった。手紙の文字はローマ字で綴られていた。


 ARIGATOU TANOSHIKATTAYO! Bye Bye Ryokuhei Maki


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