第99話 底をついた信用
2度目の入院生活も三ヶ月で終わった。
入院中に飲酒を繰り返していたから、なんの意味も持たないものになってしまったが現金だけはまた増えていった。入院を繰り返すたびに給付金が振り込まれ、使っても増えていくばかりになっていた。
ただし1つだけ違っていた事がある。信用が底を付いていた。
「桑名君、ちょっと時間あるかな。会議室に来て欲しいんだ。」
勤めていた病院の事務長と看護師長が部屋で待ち構えていた。
「桑名君に書いて欲しい書類があるんだ。これに目を通して署名とサインか捺印して、今日中に持ってきてくれないかな。もしよければ、今すぐにでもいいんだけれども。」
テーブルの上の乗せられていたのは始末書と念書の二つだった。始末書の内容は、幾度も入院を繰り返し他のスタッフに迷惑をかけた事に対しての文言であり、その結果、業務に支障をきたしたというもので『診療放射線技師室長の役職を解く』となっていた。
別に室長の肩書なんていらない。私以上のものは私以外になし、そう思っていたからだ。念書には『私、桑名遼平は今後、一切のアルコールを口に致しません。今度、飲酒した場合には自ら辞職します事を誓い、この書類に同意の上、署名、捺印致します。』
バカバカしい。なにが念書だ、アルコールを飲んだって「はい、昨夜、飲んじゃいました。」なんて、いちいち報告するはずがない。全く無意味な念書である。
そう思って気に留める事なく署名、捺印した。
これからは節酒でいこう。2日か3日飲んだら1日は休肝日を作ればよい。そうすれば健康診断の採血をしたところで肝機能の値を表すγ(ガンマ)は低くなっているはずだ。正常値までは下がらなくても『長年、飲み続けて弱り切った肝臓だから正常値には戻らないみたいです。』で押し通せる。
2~3日飲んだ。しかし、休肝日は訪れない。本物のアルコール依存症者に節酒はない、出来るはずがない。
愚かだった。では、どうやって飲酒がバレないようにするかを毎晩、アルコールを飲みながら考えるというおかしな飲み方に変わっていった。
➖ウコンがいいらしい➖
そう聞いてウコン入りの栄養ドリンクを買ってきて飲んだ。
テレビの情報番組で『ウコンは肝臓に良いが飲酒を常習している肝臓には逆効果である。』と教えられた。
➖しまった、知らなかった。もうどうでもいいや➖
『そういえば退職していった検査技師の志村さんが言ってたっけ。健康診断のためだけに節酒や禁酒をするのは無意味、いつもと変わらないライフ・スタイルで検査を受けなければダメよ。』
これを実践した。
明け方、四時ちかくまで呑んだくれて、そのまま出勤し採血を済ませた。三十分も経たないで検査室からお呼びがかかった。
「これって、どういう事なの? 昨日の夜、なにをやっていたの?」
検査室の新人さんが指差した採血容器には私の黄色く濁った血漿が『はい、飲みました。昨夜もいっぱい呑んだくれていました。』を証明していた。
「だって普段通りのライフ・スタイルで採血してって言われているよ。だから、そうしただけ。俺知らない。」
責任転嫁もここまでくると呆れ果てられる。
「自分の身体なんだから、私は知らないからね。」
そう言い返された。
「ハイハイ、ナイショね。」
これで済んで、終わってしまった。な~んだ、念書なんてただの脅しに過ぎないんだ。
のちのち、思い違いを痛感することになる。