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016 第404組、軍規を犯す

 日本のことわざで『百聞は一見にしかず』という言葉があった気がする。ストレーガ語にも同じような言い回しがある。まさに私はそれを体感している。


 ニュースでさんざん宿主のことを見聞きしていたが、本物はやはり違う。


『ゔっ……エリヤ、増援は!』

『あと……十五分で来るらしい』

『そんな……間に合わない!』


 先輩二人の悲痛な声がコミュニカから流れている。


『よし……エリヤ、ちゃんと応戦してね』

『了解』


 二人が指示を共有したとたん、また射撃音と打撃音が鳴り響いた。二人は何かを覚悟したようだった。


「ティア……十五分じゃ間に合わないってミーガン先輩言ってたけど……」


 頭の整理とどこか共感がほしくて、ティアに話しかけてみる。


「増援にいらっしゃるのが〇二五(まるふたごー)組、先鋭組の方ですわね。お二方の損耗具合で十五分持たせるのは厳しいかもしれませんわ」

「私たちは何かできないの⁉︎」

「……この状況では何一つないですの」


 さっきティアが言っていたように、戦闘ありきで訓練をしているため、今のような状況で味方をサポートする術がないのだろう。


「私たち軍人なのに……戦っちゃいけないからって仲間を放ったらかしておけっていうの……? 見殺しと同じじゃん……!」


 そう叫んで再びティアの顔を見る。静かに悔しさを顔ににじませていた。(あふ)れ出そうな感情を、おそらくその固く結んだ口で閉じこめているのだろう。


「ご、ごめん。ティアも同じだよね。そりゃそう思ってるよね」


 とっさに謝る私。


 だが、実戦でこんな悠長なやり取りを許してはくれない。またもや陰にしていた公衆トイレに何かの衝撃が当たり、ガラガラと崩れる音がし始めたのだ。


「ここは危ないですわ! 別の場所に行きましょう」


 ティアに手を引かれて、空き家の陰に隠れることにした。






「まだ三分しか経ってない……」


 こういうときこそ、皮肉にも時間は遅く流れるものだ。


「ねえ、軽率な行動は命取りになるって言ってたけど、こんな状況でもダメなの? この状況で私たちが戦ったとしても軽率な行動になっちゃうの?」


 ああ、また感情のままにぶつけてしまった。


「おそらく余計な損傷を増やさないためだと思いますわ」


 何だ、そんなもんか。軍の規則なんてクソ()らえだ。


「だっておかしくない? このままじゃ先輩の損傷が増えるだけじゃん!」

「そのとおりですわ。ですけれど、あたくしたちが戦ったところで足でまといですの。何せ、あなたは昨日初めてペスティを扱ったのでしょう? しかもあたくしたちは共に訓練すらしておりませんわ」


 この異常事態で忘れかけてたけど、そうだった。なに大口(たた)いてるんだ私は。……でも。


「そ、そうだけど、それでも先輩を失うよりは……!」

「あなたの命の方が危なくてよ!」


 私の右手がティアの両手で包まれた。彼女は真剣な目をしていたが、私は両手を振りほどいた。


「どうせなくなってたはずの命だもん。中途半端に怪我して戦えなくなって死刑になるよりは、戦場で大胆に散った方がマシ。ティアが死にたくないなら私一人で行く」


 私はスタッと立ち上がる。コミュニカを握りしめた。ティアを背にして陰から出ようとした。


「花恋、お手が震えておりますこと」


 ふふっと笑う彼女の声に私の歩みが止まる。振り返ると、手が差し伸べられていた。


「本当は『生きたい』のでしょう? 昨日あたくしにそう仰っていただきましたから」


 ティアに暴かれてしまった。優しく微笑みかけるその顔がまぶしい。


「あたくしも共に参りますわ。先輩方ももちろん、目の前でパートナーを失いたくありませんの」

「てことは……一緒に行ってくれるの?」

「ええ」


 私は無意識に震える手で、差し伸べられた彼女の手を握った。温かかった。震えが止まった。決意ができた。

 恐れに支配されていた脳が、動き始めた。


「こういうときは、こっそり攻撃した方がいいの? それとも思い切って出ていった方がいいの?」


 実戦する(きそくをおかす)と決めたなら、最低限の計画は立てよう。


「あたくしたちの技量では、密かに攻撃することはおそらくできませんわ。宿主に気づかれてしまいますの」

「どうせ見つかるなら、思い切って出ていった方がいいね」

「了解ですわ」


 私たちは空き家の陰から出た。

 右も左もわからないが、もう行くしかない。






 私たちは二人横に並んで、空き家の前に立った。

 まだ先輩たちも宿主も、こちらには気づいていない。


 私の辞書にあるはずのない言葉とともに、いつの間にか詠唱していた。


「あなたに慈悲と積憤(せきふん)の刃を……サモンヴォカテ=クシナダヒメ!」


 目の前に、(あや)しく緑色の光を放つ刀が現れた。


「命のご準備はよろしくて? サモンヴォカテ=アグネス・フィデス!」


 隣からも武器(ペスティ)を召喚する音が聞こえる。その手に握られていたのは、白を基調とした(きら)びやかな宝石がまとうハンドガンだった。


 ティアのペスティはアグネス・フィデスっていうんだ。って、そんなこと思ってる場合じゃない。


 宿主に気づかれた。


 私たちは数歩下がり、空き家の壁を土台にして重力をものともせず静止する。

 そうだった。ペスティのおかげでめっちゃ運動神経よくなるんだった。


 同時にここから飛び出すために、私は左手を、ティアは右手を差し出して、パンッとお互いの手を合わせた。


 ティアの呼吸を読み取り、壁を()った。と同時に、身なりが変化していくのを感じた。

「面白かった!」

「続きが早く見たい!」


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