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3.5:Vengeance - Epi59

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「アミ、ここから俺達は別行動だ。行くぞ」

「はい」


 お行儀よく返事をした亜美が手を斜めにかざしながら、気取って、軍隊風の礼をしてみせた。

 マークは皮肉げに微かに口端を曲げただけだが、無言で動き出す。

 亜美もマークの後をすぐ追った。



(どうか、敵に見つかりませんように。見つかっても、人数があまりいませんように。銃撃戦も――最小限で収まりますように)



 普段なら、亜美だって神頼みに頼ってばかりなどいない。神様に頼ろうが、現実問題はなくならないし、解決しないし、心の拠り所にはなっても、根本的に何も変わっていないことが多いと、亜美は考えている。


 だが、今回だけは、さすがに、神頼みでも、仏頼みでも、なんでもいいから、“幸運(Luck)”にすがりたい思いだった。


 亜美達は屋敷の裏口側の方にやって来た。でも、裏口自体が薄暗い場所にあって、ドアも――言っちゃ悪いが、しょぼくて汚いドアだけがある。表の門に(そび)え立つ豪奢で派手な門や扉は見えず、このキンキラな屋敷に反して、随分、地味なドアだった。


「もしかして、使用人用、とか? ちょっと、しょぼくない?」

「裏口だからだ」


 いや、裏口でも、表のドアとこんなに格差をつけないだろう。見た目が違い過ぎて、そっちの方が変な外装に見えてしまう。


「時間だ」


 マークは腕時計を持っているのでもない。時計らしきものを確認しているのでない。

 なのに、なぜ、今がOp開始時間だと判るのだろうか。


 クインと行動していた時からも、謎と不思議ばかりが上がって来たのに、次の護衛役のマークの隣でも、謎ばかりが上がって来る。


 マークはサイレンサー付きの拳銃を取り上げ、ドアのノブを一気に破壊していた。

 壊れた場所の穴からドアの金具を適当に外し、亜美達は裏口から全く問題なく屋敷の敷地内に侵入できたのだ。


 咄嗟に視線を上げた亜美の目の前で、真っ暗な闇夜に、真っ暗な屋敷の外観だけが目に入る。

 今、本当に、この屋敷の近郊だけを停電させたようなのだ。



(すごいね、これって……)



 さすがに、この正確さには、亜美も感心してしまう。


 真っ暗な暗がりなのに、亜美の片腕を引っ張って走り込んでいくマークの足取りはしっかりとしたものだった。


 壁際を走り込みながら、時々、マークの拳銃から音のない銃弾が発射され、壁の上側を狙い撃っているようだった。


 走り去っていく亜美の耳には、何か壊れたような音が届いたが、それが何かは判らない。

 もしかして、セキュリティーカメラだったのだろうか。



(えっ……? それだったら、すごくない? 真っ暗闇なのに、簡単に撃ち落として)



 おお、すごい……なんて、またちょっと感心してしまった亜美だった。


「あっ、ちょっと待って」

「なんだ?」


 マークの腕を引っ張り返して、突然、そこで亜美が足を止めていた。


「箱がある。これって――」


 最後まで続けないで、亜美は壁の下側に取り付けられている汚いプラスチックの箱を見つけていた。

 プラスチックの箱は、一度もきれいに掃除されたことがないのか、泥がこびりついて泥だらけだ。

 ロックもかかっていない。


 プラスチックの箱を開けたら、中には――


「えっ、何これっ!?」


 さすがに、亜美だって予想もしていないものを見て、苛立たし気にそれを叫んでしまっていた。


 ごちゃ。

 ぐちゃ。

 ごちゃごちゃ。ぐちゃぐちゃ。


 ものすごい数のワイヤーが、ごっそりとプラスチックの箱の中に敷き詰めこまれていたような状態だったの。


「なんで、こんな外にワイヤー? ロシアって極寒でしょう? こんな、吹きさらしに置きっぱなしで、ワイヤーが凍結したらどうするのよ」


 ブツブツ、ブツブツと文句をこぼしながら、亜美は口に小さな懐中電灯を加えて、ごちゃ混ぜに敷き詰められているワイヤーを少し探ってみる。


「なにこれっ。どこに何があるのか、判らないじゃない。これ修理する時、どうするのよ。信じられないわっ」


 こんな()悲惨なワイヤーのゴミ溜めなど見てしまったら、兄の晃一など、脳天が突き破るほどに怒り狂っていることだろう。


 安全第一。正確さ第一。天災・人災にも全て対応可。


 そういうことを普段から繰り返し亜美に説明している兄の晃一だけに、その教えを一心に受けた亜美だって、このぐちゃぐちゃと敷き詰められたワイヤーの束は、許せないものがある!


「それが配電盤なのか?」

「それはなんとも言えないよ」


 こんな滅茶苦茶なワイヤーが詰まった箱など、亜美だってお目にかかったことはない。

 ワイヤーを選んで、一本、一本、抜き取りました。切り落としました――なんて、言っている暇はない。


「これ全部抜き取ったら、一気に電源が消えるかしら?」

「知るか」


 そんなのはマークの専門外である。


「よしっ」


 両手でワイヤーの束を掴み、亜美は渾身の力を込めてそれを引っこ抜いてみた。


「抜けない……」


 ワイヤーの束が厚く、あまりに絡み合い過ぎているので、引っこ抜いても抜けないのだ!


「悲惨だわ……!」


 それで、今度は、足を踏ん張るように曲げて、全身の力を込めて、ワイヤーを引っ張り上げてみる。

 ぶちっ、ぶちっ。

 ワイヤーが切れたのか、接続が離れたのか、どちらとも言い難い音だ。


「まだ、抜けない。信じられないわっ……!!」


 亜美の苦労も知らず、この時間もなく切羽詰まっている時に、余計な労力を押し付けてきてくれるものだ。


「なんなのよ、これっ」



読んでいただきありがとうございました。

Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)


Grazie per aver letto questo romanzo

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