萌絵の決意
萌絵は、灰色の作業着を着たまま、羽田空港に来ていた。
飛行機で福岡へひとっ飛びするのだ。
どうしても、どうしても行きたかった。
このために死ぬ思いでお金をためてきたのだから。
東京が宇宙人の標的にされたことで、
都内から一時的に避難しよう、
そう考える人で、空港はごった返していた。
宇宙人は救世主以外には手を出さないという。
だが実際のところ、何がおきるかわからない。
特に小さい子どものいる母親は、実家への疎開を望む風潮にあった。
救世主以外の人間は東京を出ても、なにも起きない。
死んだりしない。
萌絵は東京から脱出する人々を羨ましそうに眺めた。
飛行機に乗る勇気が出ない。
飛行機に乗れば自分は死ぬ。
もしかしてそれは、ただの「脅し」かもしれない。
でも、違うかもしれない。
自分の命を賭けることはできなかった。
「あぁ、どうしよう」
ポロポロと涙が流れた。
萌絵には誰も、相談できる大人がいなかった。
羽田空港に1時間ほどいただろうか。
放心状態でただただ、涙を流していた。
だが萌絵は、とうとう決断した。
座り込んでいた空港のベンチから、スクッと立ち上がる。
もしも死んだら、全てがパーになる。
自分が選択すべき、道は一つしか無い。
宇宙人と戦うこと。
戦って大金を手に入れて、今度こそ本物の自由を手に入れる。
それしかないのだ。
精神力の強い萌絵は、そう結論付けた。
袖口で涙をふくと萌絵は勢いよく立ち上がった。
作業着ズボンのポケットの中。
20万円の厚みをそっと手で確かめる。
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萌絵はモノレールに乗って都心に戻り、銀座に来ていた。
銀座のデパートに入る。
灰色の作業着姿だったが、デパート施設の清掃員か、保守の人間に見えたのか、意外に誰も、萌絵のことを気にしていなかった。
(これ、こんな服が欲しかった)
マネキンが着ている、シンプルなVネックのカットソー。
それにカーキ色のベイカーパンツ。
萌絵は、ヒラヒラした服やスカートなどの女性らしいファッションが苦手だった。
(宇宙人と闘うことになる。動きやすい服がいいだろう)
そんなことも考えていた。
デパートの高級品だった。
上下で5万円くらい。
「すいません。このマネキンの服をください。それから、着て帰りたいのですが」
萌絵は店員に声をかけた。
その後、萌絵はボロボロの穴の空いた靴を、きれいな青いスニーカーに買い替えた。
化粧品売り場でも買い物をした。
そして、街なかで見つけた美容院に入り、髪をカットしてもらう。
札束はみるみる減っていったが、萌絵は満足だった。
いつも夢見ていた、デパートの洋服や、靴、それに美容院にまで行くことができた。
ヘッドスパや顔のマッサージをしてもらい、デパートでは化粧品を購入する際にメイクもしてもらった。
萌絵の肌はつやつやとひかり、誰もが振り返るような美しさを取り戻していた。
あまりの貧乏生活で、すっかり手入れを怠っていたが、もともと、萌絵はとても綺麗な女性だった。
最後に洋食屋にはいる。
ハンバーグセットとパフェ、それにコーヒーを飲んだら、政府に出頭するつもりだった。
美味しいものを存分に楽しんだら、近くの交番にでも行けばいいだろう。




