田辺 佳代子の場合
宇宙人と戦わされる?!
そんなの、まっぴらごめんだよ!
今年の4月で72歳になる田辺佳代子は、サングラスの男たちから逃げ出した。
へっ!あたしゃ、足には自信があるんだ!
このまま逃げ切ってみせるわ。
佳代子のところにも政府の人間がやってきたのだ。
家でジイさんと二人、テレビのワイドショーを見ている最中だった。
「ジイさん、どのチャンネルもこの話題しかやってねえわ」
佳代子はチャンネルを次々と変えていた。
「そらそうだろ。地球の一大事だからなぁ」
ジイさんがのんびりした声で答える。
アメリカ襲来からちょうど20年後、人類が忘れた頃にアイツらは戻ってきた。
今回、宇宙船は渋谷の街に降り立った。
渋谷の大型スクリーンに宇宙人の姿が映し出される。
「今回は、我々は人間の姿をまとうことにしました」
髭をたくわえた60代くらいの男性の姿。
シルクハットを被り、タキシードを着ていた。
これが今回の宇宙人の姿だった。
「ゲームマスターというんでしょうか。今回そんなイメージですわ」
宇宙人両手を広げ、くるりと一周回転してみせて、自らの姿を説明する。
「前回と同じルールにしましょう。救世主5名の抽出は済んでいます。これが名簿。さぁさぁ、すぐに5人を集めて」
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せんべいをボリボリと食べながら佳代子は言った。
「それにしても東京が選ばれるとはね。
今回は、救世主どんなやつらだろうねぇ。
あたしゃ20年前のとき、ジョナサンのファンだったなぁ」
ジイさんが答える。
「やっぱ、キャサリンだろ。金髪で可愛かった~。
まぁワシラもう老人だし、万が一、地球が滅びても構わんなぁ」
「そうだねぇ。子どももいなけりゃ、孫もいないしねぇ」
二人には子どもができなかった。
おまけに、人生の終りを迎えつつある年齢。
だから、守るべきものが何もない。
「ピンポーン」
「あれ、誰だろうねぇ。町内会の集金かも。ジイさんちょっと出ておくれよ~」
「わかったよぅ」
ジイさんは、ヨッコイショと言いながら、立ち上がる。
佳代子はワイドショーを観続けた。
コメンテーターが言う。
「政府はさっそく、名簿の5名を都内から探し出しています。5名の方、地球の未来がかかっています。どうか頑張って!」
小説家のコメンテーターが言う。
「最後まで生き残れば、億万長者間違いなしですしね!実際アメリカのマイケルがそうでしょう。選ばれた人が羨ましいくらいだわぁ」
などとしゃべっている。
(この作家、自分が選ばれたら本当にそんなこと言えるのか~)
佳代子は呆れていた。
「バ、バァさん」
ジイさんが、リビングの入口に立っていた。
「どうしたジイさん。集金だったか?」
「い、いや、バァさん大変だ。政府の連中がきやがった」
「えっ!?」
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ジイさんが玄関の扉を開けると、そこにいたのは、中年男と数人のいかつい男たちだった。
「田辺佳代子さんはご在宅ですか」
「へっ。佳代子になんの御用で」
「このたび、佳代子さんが救世主に選ばれました」
(なに~~~~~っ!バアさんが救世主に)
ジイさんの思考は一瞬停止した。
だがすぐにジィさんは、機転を利かせたのだった。
「か、佳代子はいま、留守だわ~。スーパー行ったわ」
佳代子がいないというと、政府の中年男は言った。
「念のため、お部屋を調べさせていただきたいのですが」
「なん!ち、ちょっとまて、いま娘が遊びに来ておって、風呂上がりで素っ裸なんだわ。ちょい待っとって」
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「バァさん、逃げるんだ!そこの窓から、とりあえずこの金持って」
ジィさんは、町内会に渡すつもりだった千円の入った財布を投げた。
バアさんは空中で財布をキャッチすると、ジイさんの目をじっと見つめた。
(どうやら本当のようだね)
佳代子は瞬時にジイさんの言うことを理解した。
二人は連れ添って50年。
阿吽の呼吸で生きてきた。
深い絆を持つパートナーだったのだ。
「ジィさん、アディオス」
佳代子は、ジィさんに投げキッスを送ると、窓から飛び出した。
幸い二人の住む部屋は、マンションの1階だったので、簡単に逃げ出せたのだ。
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「田辺さ~ん、まだですかぁ?」
政府の人間が玄関口で叫ぶ。
「は、まぁ~、今行きます」
ジイさんは、佳代子をなるべく遠くへ逃がすために、ノロノロと時間を稼いでいた。
「ま、まてよ」
黒服の一人が、タブレットをタップしながら言う。
「田辺夫妻には、子どもがいないはずだ!嘘だ!すぐ家の中を調べろ!」
黒服たちはアパートに踏み込み、部屋中を探す。
時すでに遅し。
佳代子は窓から逃げたのだった。
「おい!なぜ嘘をついた!」
黒服はジィさんを問い詰める。
「はて~?どちらさまでしたっけ?」
ジイさんは必死にボケたふりをする作戦を実行した。




