川田 守の場合
「嫁と別れる気はないんだ。だけど、俺は君のことが好きなんだ」
川田守(32歳)は、ゲスすぎるセリフを
新入社員の女子に向かって囁いていた。
「か、川田さん......」
まだ24歳の女子社員は川田に迫られて、満更でもない表情だった。
川田は手を伸ばす。
彼女の手をテーブルの上で握る。
情熱を込めてギュッと。
川田は、整った顔立ちと女子社員に対する優しい気遣いで、
社内で人気があった。
昼下がりのCAFE。
ふたりは外回りの帰りに、「休憩しよう」ということで、
このCAFEに立ち寄っていた。
川田は、チャンスとあらばアルコール無しで、
真っ昼間から女を口説けるツワモノだった。
(この子は、口が硬そうだし、それなりに遊んでそうだから、
あとあと面倒なことにならないだろう)
川田は前々からこの女子社員に目をつけていた。
ほんとうは社内の女子に手を付けるのはリスキーだったが、
彼女はスタイルもいいし、顔も川田の好みだった。
嫁と別れる気はない。
だけど君のことが好きでたまらない。
このセリフに引っかかった女は、ここ1年で8人ほどだった。
川田にはまだ子どもがいない。
嫁との仲は良かった。
嫁にはなんの不満もない。
そして浮気相手にも嫁の悪口を言ったことはない。
彼は愛妻家だった。
なら、どうして浮気をするのかって?
川田は常に恋愛ゲームをしていたかった。
スリルを味わうことに中毒をおぼえていた。
もはや彼の場合、病気だったのだ。
「そんなこと言うと奥様が悲しみますよ」
女子社員が上目遣いで色っぽく彼を見つめ返してくる。
「そうだよね。でも君を好きな気持ち、どうしても止められなくて」
川田は眉間にシワを寄せて、わざと苦しそうな顔をしてみせた。
(あと一歩というところだな)
「ライン......教えてくれるかな?君とつながっているってだけで、嬉しい」
(今日のところはラインだけ。ガツガツしないのもコツ)
女子社員はすんなりと、川田にラインを教えてくれた。
「それじゃ、俺はオフィスに一旦戻る」
女子社員とはCAFEで別れる。
彼女は、そのまま直帰するということだった。
彼女は何度も川田の方に振り返っては手を振っている。
もう彼女気取りだ。
(何度も振り返ってくるなぁ。
こりゃ、しつこいタイプかも。少し様子見たほうがいいか?)
川田は不倫の泥沼を避けるコツも心得ていた。
ピロピロピロ~♪
川田のスマホが鳴った。
「はいー。川田です」
「あっ、川田さん、大変です!いま会社に戻ってこない方がいい」
「えっ?どうしたのエミちゃん」
川田のファンの一人、事務員のエミからだった。
ちなみに川田はエミとは寝ていない。
エミは80キロ近い巨体の持ち主だからだ。
「信じられないことが起きてます。
政府の人達が来て、川田さんが救世主だって」
「は?」
「川田さん死んじゃったら、エミ、悲しいしぃ~」
「ちょ、まてよ。救世主?俺が?」
「政府の人たちがそう言って川田さんを探してますぅ」




