桜田 海斗の場合
佐藤は洋一の見張りを、政府が雇った「傭兵」たちに任せて、ホテルリターンをあとにした。
ほかの救世主たちも急いで見つけなければならない。
宇宙人との戦いは刻一刻とせまっていた。
作戦本部に向かうため、専用車に乗り込んだ。
「作戦本部まで走ってくれ」
佐藤は運転手に伝える。
(それにしても)
佐藤は思った。
(20年前のアメリカでは、救世主たちはすんなり戦うことに同意し、勇敢だった。なぜ日本人はこうも臆病なのか。世界のためなのに)
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作戦本部。
街の各地にある監視カメラやモニターの映像が、壁面一杯のスクリーンに映し出されている。
救世主を顔認識し、検出するとアラームが鳴る仕組みになっている。
「佐藤さん!救世主の一人なんですが!」
「どうした?」
佐藤は渡されたタブレットに目を通す。
「なにっ?救世主の一人が刑務所にいる?」
佐藤は名簿を見て驚いた。
名簿によると救世主の一人、桜田 海斗(22歳)は刑務所に収容されていた。
「彼はなんの罪を犯したんだ?」
佐藤は、タブレットをタップして、桜田のさらなる詳細情報を呼び出した。
「恐喝罪か」
佐藤はタブレットを部下に見せる。
「佐藤さん、桜田は完全にヤクザですね。そんな人間が救世主だなんて」
部下は、タブレットを叩きながら目を見開いていた。
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桜田海斗は、いわゆる破滅型の人間だった。
彼には、右頬と右腕に、火傷の跡があった。
幼い頃に、火事にあい両親を失っている。
中学で後輩に暴力を振るって少年院送りに。
その後はヤクザまっしぐらの人生を送っていた。
詐欺や恐喝もしてきた。
ひとを殴るのは日常茶飯事。
殺しだけはやったことはないが、兄貴や親父に命令されれば、なんなくこなせるだろう。
むしろ人を殺してみたいとさえ、思っていた。
人が破滅していくのは何度もみてきた。
借金まみれの女が体を売り薬漬けにされるのも、そんな母親を見て泣き叫ぶ子どももみてきた。
海斗は、破滅していく人間をみて「気の毒に」と思うことがなかった。
生まれつき共感能力が異常に低く、どんな残酷な場面をみても何とも思わない。
自分さえ良ければいい。
自分さえ無事ならばいい。
そういう思いが強い人間だった。
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「極秘に。秘密裏にことを運ぶんだ」
佐藤は、今回、政府によって急遽つくられた「救世主管理委員会」の委員長をまかされていた。
内閣総理大臣より全権を委任され、救世主に関することはすべて佐藤の判断で行うことが出来る。
「救世主の桜田が受刑者であることは絶対に秘密だ。極秘裏にムショからホテルに移動させるんだ」
「しかしいずれ、マスコミが嗅ぎつけるのでは?」
部下の一人が最もなことを言う。
「あとのことはどうでもいい!とにかく桜田をホテルに連れてこい。一応、手錠は外すなよ」
救世主の一人が受刑者で、しかも刑務所から無条件で出されたとなれば、世間はさらなるパニックに陥るだろう。
だが、刑務所から出さずにいれば、4人の超能力者で戦うことになる。
一人でも欠ければ戦力が足りず、戦いは不利になる。
なにしろ、負ければ地球が滅びるのだ。
犯罪者の一人やふたり、逃したところで問題にもならない。
いや、むしろ、逃さずにいたほうが大問題だ。
佐藤の最優先事項は、5人すべての救世主の超能力を開花させ、戦いのスタート位置につけることだった。
戦いが始まったあとで、桜田が犯罪者とバレたところで、もう、どうとでもなれ。
そこまでのことは考えていなかった。
「桜田が見つかった。行方不明の救世主は、あと二人か」
これでいま現在、そろった救世主は「新橋 洋一(25)」「桜田 海斗(22)」「朝比奈 萌絵(20)」......ここまでほぼ20代の若者だが。
残るは「田辺 佳代子(72)」と「川田 守(32)」の二人を捕まえること。
そして、能力開花のための錠剤を飲ませることだ。




