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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第一章  彪 人(とらびと) 篇   第五節 「行きて帰りし」
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第九十一話  墜 落 (ついらく)

「ベシュクノ!! 」


 見上げる上空に見知った嘴人の姿を認め、声を張り上げて名を呼ぶ。

 鉱山に残ったと聞かされた彼の無事に安堵したのもつかの間、傍らのアシュヴァルは不穏な色を帯びた声を漏らしていた。


「——おい……おいおいおい!! ありゃ、まずいぞ!! 落ちてねえか!? ——ったく、仕方ねえなあっ!!」


「おい! アシュヴァル!! ま、待てって!!」


 叫ぶが早いか、アシュヴァルは取り乱した様子で走り出した。

 後に続いて駆け出すシェサナンドの後ろを、少年もまた訳がわからないままに追い掛ける。

 走りながら振り返って頭上を見上げたところで、ようやくアシュヴァルの言わんとするところを理解する。

 徐々に地表近くへ下降しているにもかかわらず、ベシュクノは一切羽ばたこうとするそぶりを見せないのだ。

 飛んでいる間に気を失ってしまったのだろうか、両の目が固く閉ざされていることが地上からも見て取れた。

 このままの速度と軌道で降下を続ければ、大地への衝突は免れない。

 アシュヴァルはそんな状況をいち早く見て取ったのだろう。

 足を止めることなく何度も振り返っては頭上を確認しているのは、落下地点を推し量っているからに違いない。


「おい、貸せ!!」


 不意に足を緩め、後方に続いていたシェサナンドに並ぶと、アシュヴァルは走りながら話を持ち掛け始める。


「いいからよこせって!!」


「——こ、これは駄目だって!」


後方を走りながらでも、並走する二人が何やら言い合いをしていることが見て取れる。


「よこせっつってんだろ!! ——よこせ、この野郎!!」


「お、おいっ……!! だからやめろって!!」


 アシュヴァルがシェサナンドの手の中のものを強引につかみ取ったことで、言い争いは強制的に打ち切られる。


「わ、わかったよ! わかったけど、俺は知らないからなっ!!」


「わかりゃいいんだ! わかったならそっちの端持て! ——ほら、早くしろ!!」


 観念したかのように声を上げ、シェサナンドは手の中のものを明け渡す。

 アシュヴァルは奪い取ったそれ——ラジャンの脱ぎ捨てた上着を振りさばくようにして広げ、シェサナンドと二人で四隅を固く握った。

 予測した落下地点までたどり着いたのか、アシュヴァルとシェサナンドは身体を傾けて急制動をかける。

 だが、足を止めた二人は、あろうことか再び言い争いを始めてしまった。


「莫迦野郎! どこ見てんだよ!! こっちだこっち!!」


「違う!! よく見ろって! こっちに決まってるだろ!」


 上着を広げたまま互いに文句を付け合い、その場で行ったり来たりを繰り返す。

 今まさに落下せんとするベシュクノそっちのけで口喧嘩を始める両者に向かって、少年は叫び交じりの声を放った。


「二人とも!! 上、上——!!」


 喚起の声を受けて言い合いをやめる二人だったが、ほんのひと足出遅れる。

 気を失ったベシュクノが降下していくのは、二人の待ち構えていた場所よりも数歩分ほど手前だった。

 どうにかして受け止めようと転がるように駆け出す両者だったが、急降下するベシュクノの速度は二人の速力を確実に上回っている。

 このままでは間に合わないと直感的に悟った瞬間、少年はあらん限りの大声を振り絞り、地上近くまで高度を下げる嘴人の名を呼んでいた。



「ベシュクノ——!!!!」



 声が届いたのだろうか、地上すれすれのところで閉ざされていた目が開く。

 激しく翼を打って浮き上がらせた身を空中でひねると、ベシュクノは広げられたラジャンの上着目掛けて背中から突っ込んでいった。

 衝撃の程はすさまじく、三人はもつれ合うようにして後方に吹き飛んでいく。

 辺りには土煙とともに、ベシュクノの身体から抜け落ちた羽根が無数に舞い散っていた。


「み、みんな、大丈夫……!?」


 急ぎ駆け寄り、折り重なるようにして倒れ伏す三人に声を掛ける。

 最初に顔を上げたのはアシュヴァルだ。


「……てて」


 痛苦の声を漏らしながら身を起こした彼は、再び気を失ってしまったベシュクノの頬を張って問い掛ける。


「おい!? ベシュクノ! 生きてるか、おい!」


 少年とアシュヴァル、続けて起き上がったシェサナンドの三人が不安げなまなざしで見守る中、嘴人はうっすらと目を開ける。


「……お、おかげさまで——なんとか生きているみたいだ。……助かったよ」


 答えてゆっくりと上体を起こす。

 傍らに膝を突いた少年は、茶褐色の翼に触れ、深々と安堵のため息をついた。


「よかった、無事でよかった……」


「聞こえたよ、君の声が」


 答えて穏やかに微笑んでみせたかと思うと、ベシュクノはたちまち表情を険しく一変させる。


「俺のところの若いのを使いに出して、多少なりとも心得のある抗夫たちで食い止めようとしたんだが……ご覧のありさまさ。早く町のほうに駆け付けたかったんだが、鉱山に居座っている異種だけでも手いっぱいだった」


「こ、鉱山にもまだ異種が——」


「俺ともう一人いただろ、用心棒みてえな奴が!! ……あいつは何してんだよ!?」


 驚く少年の肩越しに、アシュヴァルが声を荒らげて割り込む。

 無念そうに頭を左右に振るベシュクノを目にし、アシュヴァルは驚愕の表情を浮かべて息をのんだ。


「彼だけじゃない。山に戦えそうな連中は一人も残っていないんだ……! それに坑道の奥にはまだ状況を知らない連中が取り残されている。彼らを逃がすと言ってウジャラックが坑内へ向かった……だから今は——」


 いったん言葉を切ったベシュクノは、悔恨を噛み締めるかのように表情をゆがめた。


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