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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第一章  彪 人(とらびと) 篇   第一節 「人として生きる」
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第七話    決 心 (けっしん)

 アシュヴァルが住んでいるのは、鉱山で働く労働者のために建てられた長屋のひと部屋だった。

 彼の言った通り、一人住まい向けの部屋は二人で暮らすのに十分な広さとはいえなかったが、それでも行く当てのない少年にとって帰るべき場所ができたことは何物にも代え難い幸運だった。


 帰宅後は長屋の裏手の井戸で二人して水を浴び、その夜は早々に休むことにした。

 アシュヴァルは一つしかない寝台を譲ってくれようとしたが、この申し出には丁重に辞退を表明する。

 部屋に住まわせてもらった上に、眠る場所まで奪うわけにはいかないからだ。

 当面の布団代わりは持ち帰った麻布だ。

 汚れを払った麻布を床に敷き、その上に横たわって天井を見上げる。

 素性に関する問題に加え、これからどう生きていくのかという課題が目の前に立ちはだかる。

 考えなければならない問題が山積しているにもかかわらず、横になった途端にたちまち眠気が襲ってくるのは疲労と安堵のせいだろうか。

 解決を明日の自身に完全に委ねてしまうのは気が引けたが、どんなに気を張っても眠りたいという欲求にはあらがえそうにない。

 寝台の上に身を投げ出したアシュヴァルがいびきを立てて眠り始めたことを認めると、少年も目を閉じて眠りに就いた。



「そ、その……一緒に連れていってほしいんだ」


 翌朝、仕事に出掛けようとするアシュヴァルに向かって申し出る。

 そんなつもりなど毛頭なかったのか、彼は真剣な表情で語る少年を前にしていささか驚いた様子を見せていた。


 何から何まで世話になるわけにはいかない。

 何ができるかわからないが、できることはしたい。

 拙くたどたどしい口調ながら、懸命に自身の思いを伝える。

 最初は困惑気味だったアシュヴァルも徐々にその表情を緩め、最後には諦めたかのようにうなずいてみせた。


「ま、あれだな。俺と一緒にってわけにはいかねえが、仕事の一つや二つ世話してやるぐらいなんてこともねえ。働き手なんていくらいても困らねえしな」


 アシュヴァルはそう言うと、仕事場である鉱山への同行を許してくれた。


「町なんて言ってるけどよ、何年か前まではこの場所もなんもねえ荒地だったらしいぜ。あの山から金が出るってわかって、そんでどっかからうわさを聞き付けた山師連中が手下を連れてやってきたって話だ」


 鉱山へ向かう道すがら、彼はこの町とその成り立ちについて語り聞かせてくれた。

 長屋のある路地を抜け、昨夜に比べて活気のない大通りを鉱山の方角を目指して二人は進んでいく。


「そんな奴らが採掘場周りに小屋か天幕なんか建てて暮らし始めるとよ、今度は人出を当て込んだ連中が集まってきて店を出し始めたんだ。飯と酒を出す店や宿なんかはもちろん、昨日の爺さんみてえな職人とか鍛冶屋とか、中にゃ賭場の胴元や金貸しみてえな奴らもいてよ。あっという間に、必要なもんはなんだってそろう鉱山町こうざんまちの出来上がりってやつさ。それでよ、今も命以外に失うもののねえ莫迦どもが続々と押し寄せてきてるってわけだ」


 ひと通り話し終えたところでアシュヴァルは足を止める。

 釣られて立ち止まった少年を見下ろすと、彼はその両肩に触れながら続けて言った。


「あんまり勧められたもんじゃねえぞ。仕事はきついし何より危ねえ。俺もそんなに長い間ここにいるわけじゃねえが、事故で死んじまった奴だって何人も見てきた。今からでも遅くねえ。お前一人くらい俺が面倒見てやっから——」


 そこまで言ってアシュヴァルは居心地悪そうに顔を背けると、指先で自らの頬をつつきながら深々とため息をついた。

 立ち止まる二人の脇を通り過ぎて山へと続く道を歩む者たち、その多くが少年など比ぶべくもないほどの立派な体格の持ち主だ。

 そんな彼らを横目に眺めれば、鉱山での仕事が務まるのかと不安になるのは確かだ。

 アシュヴァルが本心から案じてくれているということは、その口ぶりからも伝わってくる。


「……うん、ありがとう。でも——やってみたいんだ」


「意外に面倒くせえ奴なんだな、お前って。ま、一度やってみるのもいいだろ。身体動かしてたら何か思い出すかもしれねえしな。取りあえず試してみるか!」


 答える少年を前に、アシュヴァルはあきれ顔で嘆息する。

 だが切り替えるように言って顔を明るくさせると、再び先へと歩き始めた。


 町から鉱山へ向かうに従って、道は徐々に傾斜をなしていく。

 坂道を上っていくに連れ、あちらこちらに積み上がった石や岩、そこかしこに投げ出された道具類が目に入る。

 辺りには十字鍬や円匙えんぴを手にした者や、手押し車に砂岩を載せて運ぶ者の姿も目立ち始めていた。


「——おっ! ちょうどいいところにいるじゃねえか!!」


 アシュヴァルは周囲に目を走らせると、坑道の入口近くに一人の獣人らしき男を認めて声を上げた。


「おーい、イニワ!! ちょっと頼みがあるんだ! 聞いてくれよ!!」


 大きなしぐさで手を振って自らに注意を向けさせると、彼は「行くぞ」と少年に声を掛けて男の元に走り寄った。


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