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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第一章  彪 人(とらびと) 篇   第三節 「山河を越えて」
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第六十七話  兄 心 (このかみごころ)

 ローカが謁見の間から姿を消したのちも、しばらく少年はその場を動くことができずにいた。

 傍らに膝を突くアシュヴァルもまた、気抜けしたように黙り込んでしまっている。  

 そんな二人の元へ近づくのは、先ほどまで部屋の戸口に立って事態を静観していたバグワントだった。


「結果は思わしくなかったようだな」


「見てたんならわかるだろ」


 口を開くバグワントに対し、アシュヴァルが無造作に言い捨てる。


「すまないが俺では力になれそうにないようだ」


 律儀に頭を下げてみせる彼から目をそらすと、アシュヴァルは不服げに眉を寄せて鼻を鳴らした。


「時にアシュヴァル。これからどうするつもりだ」


「……あん? なんだよ、これからって」


 話題を転じるバグワントに、アシュヴァルは不愛想な口調で尋ね返す。


「これからはこれからだ。これからの身の処し方の話をしている。再びこの里で暮らすのであれば、住む場所を用意せねばならん。お前、『もう戻ってこない』と大気炎を吐き、住んでいた家を打ち壊してしまったこと、忘れたわけではあるまい」


「な……わ——忘れてねえよ! それに今はその話は関係ねえだろ!」


「関係ないことはない。皆で建て直したとはいえ、今すぐに住むことができる状態とは言えない。だが、お前が帰ってきたというのであれば、掃除を済ませて明日には住める状態に整えることもできよう。どうするのだ、アシュヴァル」


「俺は——」


「焦らずとも構わない。お前が再びこの里を離れようというのであれば、俺には好きにしろとしか言えん。だがな、俺はお前が帰ってきてくれたことを心うれしく思っている。シェサナンドも同じだ。いたくはしゃいでいる。お前さえよければ残れ。里に残り、明日からまた俺たちと共に腕を磨き合う日々を送るというのはどうだ」


「いや、俺は別にそんなつもりで帰ってきたわけじゃ……」


 決まり悪そうに言葉を濁すアシュヴァルに、バグワントは変わらぬ調子で続ける。


「弟にはほとほと手を焼いていてな。お前が戻ってくれたなら、俺も少しは肩の荷が下りるというものだ」


「……そんなの知らねえけど、少しくらいは考えといてやるよ。けどあんまり期待すんじゃねえぞ」


「そうしてくれると助かる」


 アシュヴァルは背中を向け、言い捨てるように答える。

 バグワントは満足げにうなずくと、続けて少年を見下ろして口を開いた。


「俺にとっては、アシュヴァルもシェサナンドも同じ弟のようなものだ。ならばアシュヴァルの連れてきたお前も俺たちの弟だ。一人も二人も、三人も、さほど変わらん。お前が望むのであれば、俺たちと共に生きる道もあるということを覚えておいてほしい」


「じ、自分が——君たちと……!?」


 思いも寄らない申し出を受けて驚愕に打たれるが、バグワントの表情はうそや場当たりを言っているようには見えなかった。

 それが決して特別なことではないとばかりに、一切表情を変えずに彼は続ける。


「立ち聞きした内容を持ち出すのは不行儀と心得ているが、どうやら込み入った事情があるようだ。直ちに助けになることはできないが、里長はむら気で飽き性なお人だ。この里に暮らしていれば、いずれお前の願いもかなうやもしれん」


「いずれ——」


 繰り返す少年に対して一段深くうなずきを返すと、バグワントは二人を順に見やりながら念を押すように言った。


「何もこの場で答えを出せと言っているわけではない。今日のところは客間を使えと里長から許可が出ている。ひと晩じっくり考え、明日にでもお前たちの考えを聞かせてくれ」


 返事を待つことなく、二人に背を向ける形でバグワントは謁見の間を出ていく。

 振り返って「ついて来い」と告げる彼の後に続いて向かったのは、母屋から渡り廊下で結ばれた先にある離れだった。


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