第四百二十八話 残 烟 (ざんえん) Ⅱ
「鉄……」
落羽の口から語られた内容を胸の内でなぞる中、エデンはそこに引っ掛かる言葉を見つけ出す。
「鉄と銅が……どうして?」
「いい質問じゃないか」
顔を上げて尋ねると、落羽はうなずきをもって問いを受け止める。
「大量に必要になった鉄や銅を掘り出すため、人は山を切り開き、大地をうがった。水をせき止め、流れをねじ曲げ、利便を図るために環境そのものに手を加えていったんだ。いつしか川は枯れ、砂は風に運ばれ、幾つもの草原が砂礫の大地に姿を変えた。それだけじゃない。ある種の鉱物を含んだ流水は周囲や下流の植生を破壊し、知らず汚れた水に身を浸していた者たちの身を害することとなった」
「え……」
衝撃のあまり、手にした酒杯を取り落とす。
「そ、それって——」
転がった酒杯からこぼれ出る水を見下ろしながら、震える声で尋ねる。
「——今も……その、たとえば——金を掘るときとか——」
「エデンさん」
どこか焦った様子でたしなめるように言うシオンを振り切り、落羽を正面から見据える。
「ああ、近頃盛んらしいな。どこそこで金脈が見つかったなんて話を聞けば、採掘者連中が集まってそこら中掘り返す。同じさ。無限に富を生み出し続ける魔法の壺なんて存在しない。全ての事象は必ず負の側面を持つ。誰かが得をすれば、誰かがそのあおりを食うようにできているのさ。それがこの世界の——」
エデンの様子にただならぬものを感じたのだろう、落羽はそこでいったん言葉を切中断した。
「——おい、突然どうした……?」
「ううん、なんでもない……なんでもなくて——」
「なんでもないってことはないだろう」
左右の手で頭を抱えつつ答えれば、顔をしかめた落羽が心配そうに言う。
「そ、その……自分は——」
二人の少女が不安げなまなざしで見詰める中、両の掌を固く組んだエデンは震える声で語った。
記憶を失った状態でたどり着いた鉱山で、金を掘る抗夫をなりわいにして暮らしていた時期があることを。
知らなかったわけではない。
自らの働く坑道が山を削って作られたものであり、水を濁し、風を汚して成り立っていることは理解していたつもりだった。
だが川の流れゆく先に、風の吹く先に何があるのかについて考えが及んでいたかと問われれば、胸を張って答えることはできない。
毎日の暮らしのため——そしてローカを買い取るために採掘に励んだ鉱山での日々が、名も知らない誰かの家居の地を奪っていたかもしれないと考えると、不明を恥じざるを得ない。
戦争をどこか遠い場所で起きた、あずかり知らぬ過去の出来事のように捉えていた。
その残した足跡に思いを巡らせながら、気付かぬうちに自らも同じ轍を踏んでいたのだ。
今なお鉱山が人々から土地を奪っているというのならば、自身も無自覚に彼らの排斥の片棒を担いでいたことになる。
ふと寝台の上のカナンを見やる。
彼女と出会った際、旅に出る前に鉱山で働いていた事実は伝えていた。
草原の砂漠化について語るカナンは、その行為に加担していた自身に何を思ったのだろう。
語り終えてうつむくエデンをあきれたように見下ろし、落羽は口を開く。
「なんて言ってやればいいかはわからないが、お前さん一人で人の業を背負おうとするんじゃないよ。さっきも言ったが、物事のいい面だけ享受しようなんてそんなうまい話はない。人は生きているだけで周りを荒廃させる厄介な生き物だよ。そこんところを忘れちゃいけない。誰にも迷惑掛けていない、誰の世話にもなっていない——なんて吹き散らす奴がいたら、そりゃ傲慢の極みってもんさ。それにだよ、最近は自然を守ろう、共存の道を探ろう、みたいな考え方もあってだ——」
そこまで言ってがくりと肩を落とすと、落羽はその翼で頭をひときわ強くかき回す。
「——ああ!! 俺にこんなことを言わせないでくれよ! まったく柄にもないぜ……!!」
肩をすくめて吐き捨てるように言い、彼はエデンら三人と寝台の上で眠るカナンを順に見やった。
「世俗を捨てた俺には森の外で何が起ころうと関係のない話さ。追われた故郷がどうなろうと知ったことじゃないし、人の世が滅びを迎えようと——ああ、そんなものかってところだ。目の前のけが人は最後まで責任を持って面倒見るが、目の届かないところで起こることに振り回されるのはもうごめんだよ」
立ち上がって寝台の傍らに歩み寄ると、落羽はその翼をカナンの額にそっと触れさせる。
「けが人のことは俺に任せて、お前さんたちは飯でも食うといい。その辺にあるものならなんでも適当に食ってくれて構わん。食ったら今日はさっさと寝て、それでこの娘が元気になるまでここにいろ」
「……うん、ありがとう」
礼を言って立ち上がり、エデンは寝台の上のカナンを見下ろす落羽を見据える。
「落羽、その……彼らの——嘴人たちと鱗人たちの争いを止めることは——」
その横顔に声を掛けるが、黒羽の嘴人はカナンに視線を落としたまま「無駄だよ」とただひと言切り捨てるように言った。




