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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第五章  嘴人 と 鱗人(はしびと と うろこびと) 篇   第四節 「昏き水底より」
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第四百二十五話  恃 頼 (じらい)

「落羽、お願いがあるんだ!! 助けてほしい!!」


 大森林の片隅に隠遁生活を営む空を奪われた嘴人、エデンたちはその暮らす簡素な小屋を訪れていた。

 お世辞にも立て付けがいいとは言えない木戸を掌で打てば、伴って小屋全体がぐらぐらと揺れる。


「落羽! 落羽っ!!」


 小屋の主人のいわく付きのあだ名を連呼しつつ戸を打ち続けるうち、小屋の中からいかにも気だるげな声が聞こえてくる。


「……聞こえてる、聞こえてるよ」


 ややあって開いた戸から顔をのぞかせたのは、ぼさぼさの冠羽をかきながら大あくびを放つ黒い羽毛の嘴人だった。


「確かに気に入っていると言ったのは俺だが、そう何度も繰り返されるのはあまり愉快じゃないな」


 肩で押すようにして戸を開け放った落羽は、嘴をしゃくって一行を小屋の中に迎え入れる。


「入れよ」


 エデンは自身が背に負ったカナンに視線を注ぐ彼の目が、一気に真剣な色を帯びるところを認める。

 落羽は床に散乱した書物や道具類をまたいで部屋の奥に進むと、物置き代わりに使われていた寝台を傾けるようにして持ち上げる。


「こっちに寝かせてやれ」


 数々の道具が音を立てて床に転がる中、彼は空になった寝台を翼をもって示してみせた。


「遊びに来てくれとも言ったが、ずいぶんとまあ大人数で押し掛けてくれたもんだ。それに昨日の今日どころか、今日の今日だぞ」


 カナンの横たえられる様子を眺めながら独り言つように呟き、落羽は寝台の上の彼女の傍らに歩み寄る。


「見るに鱗人か潤人の毒にやられたってところだろうが……何があったのか教えてくれ」


 寝台の上のカナンを見下ろして言い、先ほどのシオンと同じように手早く彼女の容体を確認する。


「ええと、その——」


 エデンの語る蛙人たちに襲われた経緯に、下嘴の根元に翼を添えた落羽は小刻みな点頭を繰り返しながら耳を傾ける。


「——なるほどな。事情はわかった。よく俺の顔を思い出してくれたな。後は任せろ」


 三人を順に見やったのち、彼は一枚の翼でエデンの肩を打つ。


「で、でもカナンが……彼女のことが心配で——」


「その思いだけで十分。お前さんたちの気持ちが何よりの万能薬になるだろう。いいから少し休め。疲れただろう、あの沼からここまでそこそこの距離だぞ」


「エデン」


「……うん」


 袖を引くマグメルにうなずきを返し、未練を残しつつ寝台から離れる。


「落羽、カナンをお願い」


「任せろって言ったろ。これでも若い頃は刀圭家とうけいかの端くれだったんだ」


 懇願するエデンに向かって胸を張って答えると、続いて彼はその場から動こうとしないシオンを一瞥する。


「少々心得があります。邪魔はしませんので私にも手伝わせてください」


 毅然として言う彼女を見据えて小さくうなったのち、落羽は翼で後方を指し示した。


「そこに甕があるから水を頼む。それから、今から挙げるものを用意してもらいたい。言うぞ——」


「は、はい……!」


 そんなやり取りを始める二人に背を向け、エデンはマグメルと共に小屋の外に出る。

 玄関前の階段に腰を下ろして頭上を見上げれば、いつの間にか辺りは闇に包まれていた。


「今日はあっち行ったりこっち行ったり、走ってばっかだね」


「……そうだね」


 隣に座るマグメルの言葉に正面を見据えたまま答え、一日の出来事を思い返す。

 血止めの薬草を求めて嘴人たちの暮らす樹上集落を出たのが昼過ぎ、薬草と薬を手に大樹に戻って夕刻、そこからあの沼沢地で蛙人三人に遭遇し、再び落羽の暮らす小屋へと取って返す。

 カナンを背負って無心で森の中を進んでいたときは気付かなかったが、確かにマグメルの言う通り歩きづめ走りづめの一日だった。

 だがそれほど疲労を感じないのはなぜだろう。

 わずか一日という短い間に体験した数多くの出来事と、知り得たさまざまな情報が心を高ぶらせているせいかもしれない。

 あるいは自身と仲間たちの命に関わる、綱渡りにも似た窮地をくぐり抜けてきたからだろうか。


「カナンのことも心配だし、テポちゃんも……」


「……うん」


 呟くマグメルに首肯で応じると、翼を斬られて絶叫を上げるテポストリの姿を思い浮かべる。

 ともすれば密通者と呼ばれてもおかしくない行動を取っていた自分たちを信じてくれたテポストリ、その傷つく瞬間を目の当たりにしながら何もできなかった自身をふがいなく思う。

 トラトラツィニリストリは感謝の意を伝えてはくれたが、それでも他に打つ手はなかったのだろうかと考えてしまう。

 もしもカナンがテポストリと同じように何かしらを失うことになるのであれば、どれだけ悔やんでも悔やみきれない。

 彼女本人だけではない、大切な娘と仲間を背中を押すようにして送り出してくれた人たちにどうして顔向けできよう。

 長イルハンと——やり切れない怒りと失望に表情をゆがませるユクセルの顔を思い描き、エデンは抱えた膝に押し付けるように顔を伏せた。


「よ」


 掛け声とともに階段から飛び降りると、視線を落としたマグメルは小屋の周りをうろうろ歩き回る。

 何事かと様子を眺めていたエデンは、ふとしゃがみ込む彼女の背を目に留めた。


「マグメル、何してるの……?」


 尋ねるエデンに対し、振り返ったマグメルは手にしたものを得意げに差し出してみせる。


「それ——」


 彼女が指先でつまんでいたのは、昼にこの森で探した薬草だった。

 おもむろに立ち上がって階段を降りると、エデンも彼女に倣って辺りに視線を巡らせる。

 闇に包まれた森の中で、落羽の小屋から漏れる明かりだけを頼りに周囲に薬草を探し回る。


「これだよね」


「それそれ」


 言いながら確認を取るように見つけた草をマグメルに見せると、彼女は小さく微笑んで答える。

 そうして数十分ほど辺りに薬草を探し回るうち、エデンとマグメルは小屋からそこそこ遠ざかってしまっていた。


 気付いて小屋まで引き返したところで、エデンは立て付けの悪い木戸が開かれるきしみ音を聞く。

 顔を出したのはシオンで、彼女は二人の手にした草の束を不思議そうに一瞥したのち、小屋の中に招くようにうなずいてみせた。


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