第四百十六話 輿 尸 (よし)
戦場となった大樹の根元は深手を負った衛士たちであふれ、比較的軽症の者が協力して彼らの処置に当たっていた。
その場には樹上から下りてきた衛士以外の嘴人の姿もあり、救護を担っているであろう者たちは負傷者たちの間を忙しなく飛び回っている。
樹上へと運ぶのだろう、重傷者を乗せた担架を数人がかりでつかんで飛ぶ者たちもいた。
衛士長トラトラツィニリストリをかばって毒を受けたテポストリもまた、重傷者の中の一人だった。
「テポ!! しっかり!!」「テポちゃん! テポちゃん!!」
エデンとマグメルもまた、あおむけの状態で苦悶の声を上げるテポストリの元に駆け寄り、繰り返しその名を呼び続ける。
テポストリを見てくれているのは乾樹の孵卵室で出会った灰褐色の羽毛の嘴人で、彼女は真剣なまなざしで傷の具合を検分していた。
「テポ……」
名を呼ぶことしかできないことをもどかしく思うが、それでも呼び続けなければどこかへ行ってしまうかもしれないと、そんな不安が募るばかりだ。
灰褐色の嘴人は小さなため息をつくとともに首を垂れ、後方で見守るエデンら二人を振り返った。
「『它人』のそれは、鱗人たちの持つ毒の中でも最も強力な部類に入ります。養生室まで戻って処置をすれば——でもそれじゃ間に合わないかもしれない……」
呟くように言って、深く考え込む。
「……むやみに動かせば毒の回りも早くなって——こんなとき、どうすれば……」
そこまで言うと、彼女は翼で顔面を覆ってふさぎ込んでしまった。
「……お師さまなら——」
「テポちゃん助けてあげて!!」
「でも私には……」
翼を取って言うマグメルを一瞥したのち、嘴人は震える声で呟いて再びうつむいてしまう。
「そ、そんな……」
ぼうぜんと呟き、エデンもまたその場に膝を落とす。
「こ、これで……!! これでなんとかならないの——!?」
傍らに置いてあった薬草の籠を抱えて突き出すも、嘴人は左右に小さく首を振るだけだった。
「御佩刀、拝借できぬであろうか」
後方から聞こえた声に振り返ったエデンは、傷だらけの衛士長トラトラツィニリストリの姿を目に留める。
自らも身体の各所に傷を負いながらも手当てを固辞し、負傷者の処置の指示に回っているところを先ほどまで目にしていた。
「これ……?」
腰に差した剣の柄に触れながら、トラトラツィニリストリを見上げて尋ねる。
「剣士の魂と承知の上で頼みたい」
「う、うん……」
その口にした言葉を疑問に思いつつ、何も聞かず鞘ごと抜いた剣を手渡すと、トラトラツィニリストリは迷いなく刃を抜き放つ。
目を眇めて刀身を見詰めたのち、彼は後方に向かって嘴をしゃくった。
合図を受けて駆け寄ったのは彼同様に傷ついた衛士たちの応急処置に当たっていた金銀二人の嘴人で、銀のイスタクは翼に握った容器のようなものをトラトラツィニリストリに手渡した。
一方で金のコスティクは、倒れ伏したテポストリの身体を無理やり引き起こす。
「ぐ」とうめき声をもらすテポストリを目にし、エデンはコスティクに向かって思わず声を荒らげていた。
「う、動かしちゃ駄目だ……!!」
だがコスティクは聞く耳を持たず、テポストリの身体を持ち上げる。
「な、何を——!?」
言って救いを求めるようにトラトラツィニリストリを見やれば、彼はイスタクから受け取った容器の中身で剣の刃をぬらしている。
「な、何を——するの……?」
ひどく悪い予感を感じて問うと、トラトラツィニリストリはその視線をエデンの足下に向けた。
籠の中身——その中でも落羽から譲り受けた小さな壺をちらりと一瞥すると、彼はコスティクの抱えるテポストリに向かって歩を進めながら問いに答える。
「切断する」
「え……!?」
想像もしていなかった言葉に絶句するエデンをよそに、次いでトラトラツィニリストリは力なく座り込んだ灰褐色の嘴人に向かって短く告げた。
「止血の準備をしておけ」
はじかれたように顔を上げる彼女に対し、トラトラツィニリストリは続けて言う。
「聞こえなかったのか。養生室まで戻っている暇などない。毒に侵された翼はこの場で切って捨てる」
「うそ!? 羽を切っちゃったらテポちゃんもう飛べなくなっちゃう!!」
「座して死を待つよりも」
声を上げるマグメルに目もくれず答えると、トラトラツィニリストリはイスタクに向かって嘴先で合図を送った。
イスタクが翼に握った包帯で毒を受けた翼を縛れば、テポストリは激しい痛苦の叫びを上げる。
「あ、うううっ……!!」
橙色の嘴を大きく開け放って身もだえするように身体をよじるテポストリを、コスティクとイスタクの二人が左右から押さえ込む。
「……あ、あ——ああああ、うう——」
「テポっ——!!」「テポちゃんっ……!!」
苦しむ様を見ていられず思わず駆け出そうとするエデンだったが、振り返ったトラトラツィニリストリの視線を受けて足を止める。
その視線に宿るのが、決して死にゆく者をみとる諦めの色などではなく、生かそうと願う者が見せる覚悟の色だったからだ。




