第四百九話 薜 蘿 (へいら) Ⅰ
「茎は細くて枝分かれしてて……三つに切れ込んだ葉っぱと、それから薄い紫色の花……」
教えてもらった特徴を忘れてしまわないよう繰り返し復唱しつつ、森の中を北に向かって進んだ。
「花びらは小さくて……それで五つに分かれてて、香りは強め——」
膝を突いてうずくまるように座り込み、花弁に鼻を近づける。
「——これかな?」
呟いて目の前の草本をもう一度検分するように眺め回すが、その特徴は求める薬草とはわずかに異なっているように見受けられる。
「やっぱり違う……」
形状や香りなど、教えられた情報を元に付近を探し回っていたエデンたちだったが、なかなか目当ての薬草を見つけ出すことができずにいた。
「これじゃん?」
「じゃあこれは?」
マグメルもいくつもの草の中から近い特徴を有する草を目敏く探してきてくれるが、どれも決め手に欠けるような気がする。
「あたし、いいこと考えちゃった!!」
そんなさなか、彼女は妙案でも思い付いたかのように手を打って声高に言い放つ。
「こうなったらさ、それっぽいやつ全部つんで帰ろ! そうしよ!!」
思いも寄らない発言にあっけにとられるものの、自信を持ってこれだと言えない以上はその選択もやむなしなのかもしれない。
それに何よりこうしていたずらに時を過ごしている間にも、けがを負った衛士たちの容体が悪化しているかもしれないのだ。
「うん、そうだね。じゃあ——」
手近に生える草をつみ取ろうと手を伸ばしたところで、エデンは後方から聞こえてくる声に動きを止めた。
「何か探し物かい?」
振り返ったところで目に映ったのは、黒い羽毛で全身を覆った一人の嘴人の姿だった。
「あ……その、薬草を探していて——」
黒い羽毛の嘴人は答えるエデンを遮り、翼で大地を指し示す。
その翼の向く先——自身の足下を見下ろせば、そこには探し求めていた薬草が群生している。
「えっ!? あ……! こ、これだ!!」
「そこにもある、それからあそこにも」
膝を突いて声を上げるエデンに対し、嘴人は次々とその在りかを翼で示してみせた。
「あとは——そっちのお嬢さんの足下にも」
「わ! ほんとだ!」
嘴人の言葉を受けて後方へ飛びのいたマグメルは、その場にしゃがみ込むようにして感嘆の声を漏らしていた。
黒い羽毛の嘴人に言われるまま辺りを探し回り、二人は持参した籠いっぱいに薬草を採集する。
「本当にありがとう! これだけあれば、きっと——うん」
「なんてことないさ」
感謝を伝えるエデンの抱える籠の中に自らもつみ取った薬草を放り入れながら、嘴人はまるでよそ事のように言う。
「止血に使うのなら、併せて服用すれば収斂作用の高まる木の根もある。すぐに使えるよう散薬にしたものが幾らかあるから、それも持っていくといい。——付いてこいよ」
「あ、ありがとう……! ……え、あ——」
思わぬ申し出に感謝の言葉を口にしかけるが、嘴人に対して「血止めの薬草を探している」とは伝えていない。
地面にはいつくばる姿から薬草を探していることは想像が付くかもしれないが、求めているのがどんな効能かまでは知りようもないはずだ。
「ど、どうして自分たちが……」
すでに踵を返して森の奥に歩を進めている嘴人の背に向かって問い掛ける。
彼は振り返ることなく、いかにも大儀そうな口調で答えてみせた。
「最近何かと物騒だろう。こんな森の奥まで足を運ぶ必要なんてそうそうない。おまけにずいぶんと熱を入れて探しているご様子だったんでね、おおかたそんなところだろうと思っただけさ」
足を止めて振り向くと、黒い羽毛の嘴人は急かすような口ぶりで続ける。
「どうするんだ? 来るのか、こないのか?」
「あ——」
「エデン」
マグメルは言葉を詰まらせるエデンを横目に見上げ、促すように手を引く。
「う、うん……! い、行くよ! 一緒に行く!」
答えを受け、嘴人は満足そうにうなずき返す。
エデンは再び歩き出す彼を追い掛けようとしてふと足を止め、先を行く背を呼び止めた。
「そ、その! 君はどうしてそこまでしてくれるの……?」
翼を嘴の根元に添えてしばし逡巡すると、振り返った嘴人はわざとぶった目配せをしつつ答える。
「世俗を離れ、孤独を友とする隠者の浮世に対するささやかな未練——とでも言っておこうか」
黒羽の嘴人は収まりの悪い巻き毛状の冠羽の生えた頭をぼりぼりとかきながら、今一度「さ、行くぞ」と告げた。




