第四百八話 慈 護 (じご) Ⅱ
「テポちゃんさ——」
テポストリとその視線の先を交互に見やり、何食わぬ顔でマグメルが尋ねる。
「——あの子のこと好きなの?」
「え、えええ!?」
肩を跳ね上げて驚きの声を上げるテポストリに対し、彼女は追い討ちを掛けでもするかのように言い重ねた。
「だって、さっきからずっと見てる」
「そ、それは……! う、美しいからで——」
「だから好きなんでしょ?」
薄笑いでのぞき込まれ、動転したテポストリはちぎれそうなほど激しく翼と首を振ってみせた。
「も、ももも、もう!! なな、何を言ってるんですかっ!? そ……そそ、そんなんじゃありませんからっ!!」
「やめてやめて!!」
左右の翼で身体を打ち返され、マグメルが愉快そうに身をよじる。
「そ、その、二人とも——」
「お二人とも、お静かに!!」
騒ぐ両者を静めんとしたところで、エデンはわざとがましいせき払いを耳にする。
にらみ付けるような目で見上げるのは、つい先ほどまでテポストリが視線を注いでいた嘴人の女だった。
エデンたち三人の元につかつかと歩み寄った彼女は、翼を突き出して言い含めるように言う。
「あまり大きな声を出されると卵さんが驚いてしまうでしょう!」
「ご、ごめん……」
「ごめんね」「ご、ごご、ごめんなさいっ!!」
頭を下げて謝意を示すエデンに続き、マグメルとテポストリもそれぞれ謝罪の言葉を口にする。
それを受けた灰褐色の羽毛の女は腰に翼を添えて嘆息したのち、あきれ交じりの小さな笑みを浮かべて答えた。
「静かにしてくださるならいつでも歓迎です」
「も、もう行きましょう!! ほら、マグメルさん!!」
「もうちょっとだけ見てちゃだめ?」
背を押して去るように促すテポストリだったが、マグメルはその場から動こうとしない。
「駄目です、行きますっ! マグメルさんがおかしなこと言うからですよ、もう——!!」
翼に力を込めるテポストリに押され、マグメルは未練を残しつつも歩き始める。
二人に続いて去る中でエデンがふと目に留めたのは、一人の嘴人が孵卵室へと駆け込んでいくところだった。
振り向いて再度樹洞をのぞき込めば、駆け込んでいった嘴人は何やら慌てた様子で先ほどの灰褐色の羽毛の女に話し立てている。
差し迫った表情に何かしらの異変を感じ取ると、気付いたときには彼女らの元へと歩み寄っていた。
「どうしたの? 何かあったの……?」
突然の問いに一瞬戸惑いを見せはしたものの、灰褐色の嘴人は沈痛な面持ちで口を開いた。
「お薬が足りないそうです」
「薬……?」
「血止めのお薬です」
繰り返すエデンに対し、女は短く告げる。
血止め——それを聞いた瞬間、抱いたのは強い衝撃の念だ。
薬の果たす役割と、それが足りていないという事態を併せて考えれば、やはり状況は思う以上に芳しくないのかもしれない。
「余剰分も含め、先日こちらの在庫は全てお渡ししました」
「そうですか……」
樹洞を訪ねた嘴人は無念そうに肩を落とし、続いてけげんそうな目でエデンを見上げた。
「こちらは……?」
「長のお客さまで、旅の方だそうです」
女が短く答えると、嘴人は「旅の——」と呟いて小さく頭を下げた。
「畑で育てている分はないんですか?」
いつの間にか近くまでやって来ていたテポストリの問いに、嘴人は左右に首を振って応じる。
「もう取り尽くしてしまいました。急いで栽培してもらってはいるのですが……まだ使える状態ではありません」
嘴人三人、嘴を突き合わせるようにして考え込んでしまう。
その様を見詰めながら、薬にも造詣の深いシオンならばどうするだろうと思いをはせる。
不意に脳裏をかすめたのは、彼女が食用にもなる野草と危険な毒草の見分け方を教えてくれたときのことだった。
「い、いいかな? 薬草っていうのは、どこかに生えてたりはしないの……?」
思い立ったように口を開き、嘴人たちに向かって申し出る。
「もしもこの森のどこかに生えているのなら、自分が取りに行こうと思うけど……どうかな?」
「エデンさん!?」
突然の申し出に驚きをあらわにするテポストリに無言の首肯を送り、今一度二人の嘴人に向き直る。
「樹上の畑で栽培している薬草は元々森に自生していたものですから、探せば見つかるかもしれませんが……」
「探してみるよ。見つけられるかはわからないけど、探さないよりはいいんじゃないかなって——そう思うから」
女の言葉を受けて許可を得るように見下ろすと、マグメルも笑顔をもって同意してくれた。
その後は血止めに使われる薬草が自生しているとされる大まかな場所と、その特徴を詳しく教えてもらう。
乾樹を後にしたのちは「ぼくも一緒に行きます!」と言って聞かないテポストリをなんとか説得し、地上に降りる階段のある兌樹に向かう。
回廊から縄梯子を下ろしてもらって地上へ下り立ったエデンとマグメルは、テポストリに見送られながら、森の中へと歩き出したのだった。
結局、竜についての情報は得られないままだ。
森の中を歩き回って薬草を探し、戻ってきたときにはおそらくもう夜になっているだろう。
胸を張って伝えられるような収穫のないままシオンとカナンに会うのは心苦しいが、今は傷ついた嘴人たちの助けになりたいという思いのほうが上回っていた。




