第四百一話 舞 蹈 (ぶとう) Ⅰ
夕刻のこと、四度目の食事を終えたエデンとマグメルに対してテポストリが持ち掛けたのは、戦によって命を落とした衛士たちを送る葬送の儀式への臨席だった。
「自分たちがそんな大切な場に……」
たまさか立ち寄っただけの自身らが、冷やかし半分にのぞいてよい催しではない気がする。
「部外者だから」と丁重に身を引こうとするが、テポストリは言葉を強めて言った。
「だからです! エデンさんとマグメルさんにもぜひ参列してほしいんです!」
「それは……どうして——?」
もちろん頼まれたならば、参列を断る理由などない。
だが自身らが葬送の儀式に出席することが、嘴人たちにとってどのような意味を持つのだろうとの疑問は否めない部分もある。
意図を尋ねると、テポストリは静かに答えた。
「エデンさんたちが旅をしているからです。旅人のお二人に見送ってもらえれば、亡くなった衛士さまも喜ぶと思います」
「旅人だから……?」
「はい、そうです」
その言葉が真に意味するところはわからないが、臨席すれば少しは理解に近づけるのだろか。
エデンはマグメルと顔を見合わせてうなずき交わし、テポストリの申し出を受け入れることにした。
「うん。自分たちでよければ」
東の嘴人たちが「御魂送り」と呼ぶ葬送の儀式が行われるのは、央樹の幹にうがたれた樹洞の中でも最も広い一つだった。
八樹からつり橋で連絡される水平回廊を長の居室のある幹の上方ではなく、地上に近い根元方向に下ったところに御魂送りの会場はある。
到着したときにはすでに数十人の参列者たちが集まっており、樹洞の中央に据えられた祭壇らしき台座には、二人の嘴人の亡骸が安置されていた。
テポストリに倣い、二人も樹洞の出入り口近くに腰を下ろす。
やがて祭司であろう一人の嘴人により、儀式の始まりが告げられた。
ぐるりと祭壇を囲むように腰を下ろした嘴人たちが一人ずつ立ち上がり、横たえられた衛士の亡骸の元に歩み寄る。
翼から羽根を一枚ずつ抜き取っては、皆が自らの頭部に飾っていく。
まずは衛士たちが、次いで戦死者の縁者らしき者たち、その後にそれ以外の者たちが続く。
順番が訪れ、立ち上がったテポストリは自らも衛士の亡骸から羽根を一枚抜き取って頭頂部に差し入れると、その場で振り返ってエデンたちを招いた。
勝ってがわからないながら、二人も嘴人たちに倣う。
頭頂部には難しいためエデンは後ろ髪を結ぶ紐の間に、マグメルは頭部と耳介とで挟み込むようにして二本の羽根を飾った。
元の居所に戻ったところで、皆の視線が樹洞の出入り口辺りに注がれているところを目に留める。
現れたのは東の嘴人の長チャルチウィトルの姿だった。
長い尾を二人の侍従に支えさせるようにして一歩一歩重々しい足取りで進む彼の頭には、儀礼用だろうか、色とりどりの飾り羽のあしらわれた冠が載っている。
長は他の皆と同じように衛士の亡骸に翼を差し伸ばし、その頭部から最も立派な飾り羽を一枚引き抜く。
頭部に戴く冠にそれを差し込むと、次に長は自身の胸部から紅玉色の柔らかい羽毛を抜いて亡骸の上に乗せた。
「死してなお麗しき翼の戦士たちよ。生を変うとも、行き巡りて会わんことを乞い願わん」
横たわる二人の衛士の亡骸を見下ろして言ったのち、長チャルチウィトルは集まった一同に視線を巡らせながら口を開いた。
「いざ送らんや」
その言葉と同時に、樹洞の中に太鼓のような音が響き渡る。
見れば樹洞の奥に控えていた数人の嘴人たちが、木製の打楽器を打ち鳴らす姿がある。
規則正しい律動に合わせて長が踏み鳴らすように足で拍子を刻み始めると、腰を下ろしていた者たちも皆一斉に立ち上がった。
集まった人々は祭壇を中心に円を描くように並び、打楽器の奏でる調子に合わせて足踏みをし始める。
どうしてよいのかわからず周囲を見回していたエデンに対し、またもや手引きをするように翼を差し伸べたのはテポストリだった。
「エデンさんも踊りましょう」
「で、でも自分は……」
踊ったことなど一度もない。
不調法が嘴人たちの大切な儀式に水を差してしまっては申し訳ない限りだ。
そんな思いから今度こそ身を引こうとするが、テポストリは気に留めることなく手を取った。
「ほら、行きましょう!」
テポストリによって手を引かれ、すでに参加に乗り気なマグメルと共に踊りの輪へと加わったエデンは、皆の足運びを参考に見よう見まねで足を踏み鳴らした。
傍らでは軽やかな足付きで自由気ままに踊るマグメルと、そんな彼女を愉快そうに眺めるテポストリの姿がある。
マグメルは思い立ったように懐に手を伸ばし、得手である細く短い金属製の笛を取り出した。
彼女が打楽器の拍子に合わせて笛を吹き始めると、周囲の嘴人たちは一斉に足踏みを止める。
それまで打楽器を打っていた者たちも手を止め、辺りは一瞬にして静寂に包まれてしまった。
「あれ、もしかしてだめだった……?」
皆の視線が集まる中、マグメルはおもむろに笛を唇から離す。
「マグメルさん……」
「楽しいかなーって思ったんだけど」
あっけに取られたような表情をたたえるテポストリに向かって言うと、彼女は小さく笑みを浮かべて小首をかしげてみせた。
「やっぱだめ?」
「何をしている」
言って輪の中央に進み出たのは、先ほど坎樹で出会った衛士長の肩書き持つ嘴人——トラトラツィニリストリだった。
投槍こそ持ちはしていないものの、この場にあってもその放つ戦士としての風格は変わりない。
「ち、違うんだ! マグメルはよかれと思って——」
取り乱しつつも面前まで進み出たエデンを、トラトラツィニリストリは軽く翼を差し出して押しとどめる。
「なぜ打ち手を止める」
その言葉の放たれた先はエデンでもマグメルでもなく、突然の演奏に気を取られて打楽器を打つ撥を止めた嘴人たちだった。
「続けるのだ。私たちが送らねば衛士たちの魂が行き場を失ってさまようことになる」
衛士長トラトラツィニリストリの言を受け、手を止めていた嘴人たちは慌てて打楽器を打ち鳴らし始める。
満足そうにうなずいたトラトラツィニリストリは、次いでマグメルのことを見下ろした。
「続けてもらってかまわぬか」
「いいの?」
手にした笛を翼で指し示しつつ言うトラトラツィニリストリを見上げ、マグメルが問い返す。
「願わくは」
「うん!!」
笑顔でうなずきを返すと、マグメルは再び笛を唇にあてがった。




