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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第五章  嘴人 と 鱗人(はしびと と うろこびと) 篇   第一節 「巨樹の本末」
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第三百八十九話  戟 塵 (げきじん) Ⅱ

 エデンを何よりも絶句せしめたのは、嘴人たちが趾から翼に持ち替えた武具を振るう相手の存在だった。

 それが異種であればよかったなどと言うつもりはないが、もしもそうであったなら今目にしている光景よりもよほど救われただろう。

 嘴人たちが叫喚の声を上げながら武具を振るう対象は異形の怪物などではなく、彼らと——そして他ならぬ自分たちと同じ人だったからだ。


 規則性をもって表皮を覆う鱗甲という特徴から、嘴人たちが相対しているのが「鱗人うろこびと」たちであることが見て取れる。

 生来の鱗の上に鎧と盾とでさらに守りを固めた鱗人たちは、手にした三叉さんさの戟で頭上から急襲する嘴人たちを迎え撃つ。

 目の前で繰り広げられているのは嘴人と鱗人、二つの陣営に分かれた両種が武力をもって互いを制圧せしめんとする——言うなればいくさだった。


 嘴人たちが持つのは木製の柄に黒色の石刃を取り付けた簡素な槍だったが、空中にあっては趾を使って自在に操り、地上にあっては翼の中ほどから伸びた爪で握ったそれを軽々と振り回してみせた。

 しかしながら槍が真価を発揮するのは、高く舞い上がった嘴人たちが上空から地上に向かって投擲したときで、轟音を響かせて降り注ぐ刃の威力たるや凄絶のひと言だった。

 だが鎧と盾とで武装した鱗人たちの守りは極めて堅い。

 先頭に立って守備を固めるのは背に半球に近い穹窿きゅうりょう状の甲板を負った者たちで、手にした盾を貫かれてなお怯む様子を見せない。

 守りに徹する甲板の鱗人たちに代わって攻勢に回るのは、その背後に控える細身で小柄な体躯を有した鱗人たちだ。

 細長い尾と筒形の身体は鉱山で出会った水替みずがえのウジャラックとよく似ていたが、身を覆っているのがうっすらと光沢を放つ滑らかな鱗という点が異なっていた。

 細身の鱗人たちが手にした三叉戟を振るって攻め立てれば、嘴人たちも投槍をもってこれに応戦する。

 三叉戟の三つの穂が羽を散らし、投槍の石刃が鱗をそぎ落す様を目の当たりにし、エデンは何をするでもなくその場に立ち尽くしていた。


「なぜ……どうして——人同士で……」


 ぼうぜんと呟くエデンだったが、気付くと勢いよく腕を引かれてその場に引き倒されていた。

 半ば引きずられるようにして近くの岩陰に転がり込んだところで目に映ったのは、身を屈める体勢で自身の手を引くカナンの姿だった。


「カナ——」


 名を呼ぶエデンの襟元をつかんで引き寄せると、彼女は鼻先が触れ合わんばかりの距離で口を開く。


「エデンっ!! 何をしているんだ! 事によっては君まで巻き込まれかねないぞ——!!」


「う、うん……でも——」


 真剣なまなざしに押されてうなずきはしたものの、さまざまな思いが頭の中で交錯する。

 眼前で繰り広げられる人同士が傷つけ合う様は、知識の上でも感情の上でも受け入れられる光景ではない。

 両手で肩をつかまれながら首をひねって背後を振り返れば、依然として互いを屈伏せんと得物を振るう両種の姿が目に飛び込んでくる。


「君は見なくていい」


 強引に身体を引き寄せられ、上の空のうつろな瞳でカナンを見詰めて問う。


「同じ人なのに——彼らはどうして……?」


「同じ人だからだ」


 よどみなく断じるよう答えると、彼女は後方に心を引かれるエデンの肩を今一度強く握った。


「同じ、だから——」


 うつむきつつ呟くエデンは、そこでマグメルと彼女に手を借りて斜面を上るシオンの姿を捉える。

 素早く駆け出したカナンによって手を引かれ、二人も丘の上の岩陰へと招き入れられる形となった。


「……ま、まったく——エデンさん、貴方という人は——本当に……」


 身を屈めたシオンは息を切らせつつとがめるような口調で言い、マグメルは「だいじょうぶ?」と声を掛けつつその背をさすってあげている。


「シオン……」


 エデンが求めるように見詰めれば、彼女は気息を整えるように大きな深呼吸をして口を開く。


「……はい、彼らは……東の嘴人たちと——恐らくは『沼の鱗人』たちでしょう。ここより北方に位置する広大な湿地帯を家居とする者たちです。同じ鱗人でありながら、自由市場以西に多く見られる『砂の鱗人』たちとはその特徴を大きく異にします」


「うわさに聞いた名だ」


 シオンの言葉に真っ先に反応したのはカナンだった。


「個々が優れた戦士であり、こと集団同士の戦いにおいては比類のない強さを誇るつわものたちだ。個人技に長ける種の戦士であろうとも、多対多の立ち回りで鱗人たちに勝る種はいないだろうな」


 シオンは「はい」と彼女の言葉に応じ、続けて頭上を見上げた。


「沼の鱗人が皆非凡な戦士であるように、東の嘴人たちもまた図抜けた能力の持ち主です。飛行という種特有の機能を生かした一撃離脱の奇襲を得意とすると聞いたことがあります。こうして目の当たりにするのは初めてですが——」


 言って彼女は唾をのみ込み、岩の向こうを眺め見て呟いた。


「——実力は拮抗、といったところでしょうか」


「いや、違うな」


 自らも岩陰から身を乗り出すようにしてカナンが言う。

 恐る恐るその視線の先を追ったエデンが見たのは、盾を手にした鱗人の後方から進み出る一人の戦士の姿だ。

 並み居る鱗人の中でもひときわ大きな体躯から伸びる口吻は細長く、上下の顎には無数の鋭い牙がずらりと並んでいる。

 所々に黒色の帯模様の入った黄褐色の鱗に全身を覆われた鱗人の戦士は、その分厚く扁平な尾をもって周囲の嘴人たちを軽々となぎ払った。

 屈強な腕によって振るわれる三叉戟の一撃もまた強烈で、構えられた投槍の守りごと嘴人たちを吹き飛ばす。

 ただ一人によって戦況をかき乱され、嘴人たちの間に激しい動揺が広がっていくのがエデンにも見て取れる。


 劣勢を悟ったのか、恐らく戦士たちを率いる立場であろう二人の嘴人が翼をもって指示を出す。

 赤と青の異なる羽毛に身を包んだ嘴人が代わる代わるの息の合った連携で黄褐色の鱗人を押しとどめている間に、撤退の指示を受けた嘴人たちは徐々に戦線を下げ、負傷者を抱えてその場を離れ始めていた。

 二人の嘴人も折を見て攻め手を止め、地上に黄褐色の鱗人を残して飛び去っていく。

 鱗人たちもまた撤退する嘴人を追うことはせず、傷ついた者たちを担ぎ上げるようにして戦場を離れ始める。

 鱗人たちが向かうのは、嘴人たちの去った大樹の方角とは真逆の方向だった。


 不意に立ち上がり、去っていく両種の戦士たちの後ろ姿をぼうぜんと眺めるエデンを、カナンの手が今一度勢いよく大地に引き倒す。


「もう少し待て」


 短く告げる彼女に襟首を握られたまま点頭を送ると、エデンは力なくその場に身体を伏した。


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