第三百八十七話 追 風 (おいかぜ)
吠人たちの暮らす移動集落を発ったエデンたち四人は、次の目的地に向かって草原を歩んでいた。
半砂漠と化した荒地を引き返し大街道に戻るという選択肢もある中で目指すべき場所に選んだのは、草原をさらに東へと進んだところに位置するという森林地帯だった。
引き返すことによる時間の損耗を避けるという面もあったが、どこに自分たちの出自と由来に関わる情報が眠っているのかがわからないという点も踏まえ、一行は新たな道を進むことを決意したのだった。
草原を越えて大森林を抜け、大街道の東端に位置する「都」の名を持つ大集落へと向かう。
それが北の地を目指して進むエデンたちの旅の新たな一歩だった。
行く先を知っているかのように先陣を切って進むマグメル、その後方にエデンとシオンが続く。
最後尾には槍を手に常に周囲に視線を配りながら進むカナンの姿があった。
「カナン」
「どうしたんだ」
エデンは歩調を落として彼女に並び、その名を呼ぶ。
答える彼女に「その——」と前置きをし、思い切って気掛かりだったことを尋ねてみることにした。
どうして一緒に来てくれるのか。
シオンとマグメル、二人にも同じ問いをしたことがあった。
「世界を知るため」「なんとなく」
その理由は両者で全く異っていたが、二人がローカを探す旅に同行してくれることはエデンにとって僥倖以外の何物でもなかった。
そこへきて武術に長けるカナンが加わってくれることはこれ以上ないほどに有難いことだったが、それは本当に彼女にとって正しい道だったのだろうかと思い悩まずにはいられない。
こうして共に東を目指して歩みを進めつつも、吠人たちの中でその力を発揮しているほうが幸福なのではないかと思えてならないのだ。
「いつか言っただろう——」
正面を見据えて歩きながら、カナンはエデンの問いに答えてみせる。
「——君は戦士にふさわしくない。気質や素養の面から見れば、戦いという行為に全く似つかわしくない男だ」
「う、うん……」
隣に立って歩を進めていたエデンが肩を落とすと、彼女は頬を緩めて小さく笑う。
「戦士には程遠い君だが、私は君の中にそれとは別の——千金に値する天資を見た。それが暮らし慣れた郷里を離れ、共に育った同胞に別れを告げてでも見届けたいと——そう思わせるに足る価値のあるものだった。それでは不足かな?」
カナンはそう言い切り、隣を歩くエデンを横目に眺める。
「そ、そんなことないけど……! でも——」
カナンが価値を見いだしてくれることはうれしいが、大切なものたちを投げ打ってまで共に道を歩んでくれる価値が自身の内に眠っているとは到底思えない。
そんな懊悩を見て取ったのか、彼女は歩きながら手の甲で軽くエデンの胸に触れた。
「君が気に病む必要はない。私が勝手に見て、勝手に選んだ道だ。もしも器の中身がうつろであったとしても私が見誤っていたというだけだ。君は君の思うように進め」
そこまで言ってカナンは不意に足を止めると、担いだ槍の柄を握り締めながらエデンを見据えて言う。
「進むべき道があるのならば、露払いは私に任せてほしい。君が願いを成就させるそのときまで、立ちはだかる障害は全て私が打ち払ってみせる。君が胸の内に抱く器——そしてまだ見ぬその中身を守るのは私の役目だ」
そう言って彼女は、遠く離れて見えなくなった故郷の方向に身体を向ける。
「ようやく見つけたんだ。積み上げた武とこの槍を捧げる相手を。戦うための技と思いを伝えるすべ……それを教えてくれた父上には感謝しかない」
目を細めて呟くカナンの、膝裏まで届く長い灰黒の髪を草原に吹く柔らかな風がなでる。
彼女は風を避けるように目元を手で覆うと、そのまま踵を返して進むべき道を歩み出した。
その後を追って歩き出したエデンは、視線の先に立ち止まって自身とカナンを待つシオンとマグメルの二人を認める。
「なにしてんの、おいてっちゃうよ!」
「悪かったよ」
答えるカナンの腕を取ると、マグメルはいたずらっぽい笑みを浮かべてその顔を見上げた。
「さびしいから、でいいのに!」
「な——」
マグメルの言葉を受けて絶句するカナンに、さらに追い討ちをかけるように続けたのはシオンだ。
「私たちと別れたくないから、でしたか?」
「き、聞いていたのか……!? 君たち、ぶ——無粋が過ぎるぞ!!」
カナンは声を震わせて言い、顔を真っ赤にして二人に詰め寄る。
「だって聞こえちゃったんだもん」
「内緒話でしたらもう少しお静かにどうぞ」
憤る彼女に腕を絡めながらとマグメルが舌を出せば、シオンはいかにも皮肉げに言い放つ。
「う、うるさいぞっ!! なんだっていいだろう、私が——そう決めたんだ!! エデンは私が守ると!!」
意地の悪い笑みを向けるマグメルを押しのけるようにしてその腕から抜け出すと、カナンは一人先に草原を走り出した。
「じゃあじゃあ、あたしはエデンをたのしくさせる!!」
張り合うように宣言してその後を追ったマグメルの後ろ姿を認め、シオンは肩をすくめて嘆息する。
「意外に面倒くさい人ですね……彼女も」
あきれ交じりに言うシオンも、律儀に二人に付き合ってその場を駆け出した。
三人の背中を見詰めていたエデンも「よし」と呟いて大地を蹴る。
足元をくすぐる丈の短い草の肌触りを感じながら力の限り走った。
息を切らせて走るシオンを、次いでマグメルを追い越せば、先を行くカナンの後ろ姿が見えてくる。
緑の中を夢中で走り、ついにカナンに追い付く。
しばし彼女と肩を並べて走り、その背中を追い越そうとして——やめた。
第四章 「吠人 篇」 〈 完 〉
『百从のエデン』第四章、「吠人篇」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
ここまでのお話、お楽しみいただけましたでしょうか。
四人となった少年一行の旅と冒険を、これからも見守っていただけるとうれしいです。
よろしければこのまま、第五章「嘴人と鱗人篇」にお進みください。
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