第三百七十九話 金 糸 (きんし)
「な、なんですか、貴女は……!! いるならいると——」
「すまない。最後くらいは一緒に食事を——と思ってな」
動揺をあらわにするシオンに対してカナンが差し出したのは、数人分の——恐らくエデンたち三人と、彼女自身の分の食事だった。
「マグメルは——」
エデンはそう口にしながら周囲を見回すが、先ほどまで彼女が座り込んでいた場所に、その姿は見当たらない。
アセナもいなくなっていることから、二人してどこかに行ってしまったであろうことが見て取れた。
「じ、自分が見てくるよ……!」
二人に向かってそう告げて立ち上がったエデンだったが、視界の端に今まさに探しに行こうとしていた少女を捉える。
「アセナちゃん、早く早く!!」
「待ってください!! マグメルさま!!」
依然として素裸のままのマグメルが振り返って声を掛けたのは、幾つかある天幕のうちの一つだ。
その出入り口から姿を現したのはアセナで、何かを手にした彼女は小走りにマグメルに駆け寄っていく。
エデンのもとまでやって来たマグメルは「うふふ」と笑みをこぼし、傍らのアセナに向かってうながすように言った。
「ほらほら、アセナちゃん! エデンに見せてあげて!」
「は、はい——!」
アセナはマグメルの言葉を受け、手にしたものをおずおずと差し出す。
「こちらでよいのですか……?」
「うん、それそれ!!」
マグメルはアセナの手の中のものをうれしそうに見下ろすと、次いでエデンを見上げて得意げな表情で言った。
「エデン、あまから作った糸が見たいって言ってたでしょ? だからアセナちゃんにたのんだんだ、できあがったのがあるなら見せてって!」
「これが……亜麻糸——」
わずかに光沢を帯びた淡い黄金色の糸。
それを目にした瞬間、エデンは不意に胸がどきりと脈打つ感覚を覚えていた。
「——あ……」
ぼうぜんと呟き、アセナの手の中の糸束に手を伸ばす。
指先に感じるわずかにそそけ立った手触りに、鼓動はますます激しくなっていく。
「わ!? エデン、どうしちゃったの!?」
「な、何か失礼を……また私——」
つい先ほどまで得意満面の笑みを浮かべていたマグメルが、その異変に気付いて声を上げる。
アセナもまた、いつにも増して強い動揺をあらわにする。
「な、なんでもない……なんでもないよ」
エデンは慌てて取り繕うように言うが、言い知れぬ感情に心をかき乱されているのは紛れもない事実だった。
その正体を探ろうと震える手で糸束をなぞった瞬間、自身の胸の内に湧き起こった思いの意味を知る。
束ねられた亜麻の糸。
その淡い色合いとけば立った手触りの奥に、探し求めてやまない少女の傷んでくすんだ黄金の髪を見ていたのだ。
顔をうつむけるようにして両の掌の上に乗せたそれに鼻を寄せるが、鼻孔を通うのは当然素朴な草の香りだけだ。
静かに顔を上げたエデンは、乱れた心を落ち着けるように二、三度深呼吸を繰り返す。
「……なんでもないんだ」
皆に要らぬ心配を掛けぬよう、できるだけ平静を装って言う。
礼を告げて手にした糸束をアセナに返し、周りを囲む少女たちを今一度見回す。
不安げな視線で見上げるマグメル、その傍らで落ち着かない様子を見せるアセナ、表情を変えることなくじっと見据えるシオン。
そして何が何やらわからないといった表情で見詰めるカナンを順に見やり、無理やり笑顔を作ってみせる。
「エデン——」
ささやくようにその名を呼んだかと思うと、カナンはエデンの顔を正面から捉えて言う。
「——君、泣いているのか」
「あ……」
恐る恐る頬に伸ばした指先に触れる水気に、エデンは自身が涙を流していることを知った。
「……ほ、ほんとうだ」
呟いて手の甲で左右の頬を拭うが、涙は絶え間なく溢れてくる。
「あれ、おかしいな——なんでだろう」
もう一度周囲を見回し、「あはは」と空笑いを漏らす。
「か、顔——洗ってくる……!」
皆に向かって告げると、エデンは先ほど水浴びをしたばかりの川辺に向かって走り出した。




