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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第八節 「再戦の行方」
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第三百七十三話  奇 捷 (きしょう)

「そこまで!! 勝者、エデン!!」


 辺りに響くカナンの声が、自身の勝利を告げるものであることを理解するのに寸刻の間を要した。

 人々がにわかにざわつき始める中、エデンは恐る恐るジェスールを見上げる。


「あ……その——」


 その顔に浮かぶあぜんとした表情に、エデンは一歩後方へ退くようにして身構える。

 アセナに降り掛かった災難を利用したことを責められる可能性に身体を小さくさせるも、ジェスールは突として辺りに響き渡るような大声で笑い始めた。


「あっはっはっはっは!! やるじゃないか!! こいつは一本取られた、俺の完敗だ!! さすがにあれは読めなかったぞ!!」


 腹を抱えながらエデンの首に腕を回し、ジェスールは心底おかしそうに哄笑を上げる。

 彼の言う「あれ」とは真っ二つに折れた木の棒がアセナの頭上に飛来したことなのだろうが、当然意図してできることではない。


「それからあの動きだ! 律儀実直の好男子のふりをしてなかなかやってくれる!! だれの差し金だ? やはりカナンか!? 深夜にこそこそとたくらみ事とは食えない奴らめ!!」


 ジェスールはエデンの肩を手で打ちながら彼女を一瞥し、再び轟くような笑い声を上げた。


「エデン——!! やったやった、やったじゃん!! おめでと!!」


 名を呼んで飛び付くと、マグメルはエデンの胸元に頬を擦り寄せながら祝意を示す。


「毎日毎日夜中に出ていってたのってこれのためだったんだ! シオンがさ、ねたふりしてなさいって言うからそうしてたけど——」


 なお言い立てようとするマグメルだったが、シオンに襟首を引かれて「——んぐ」と息を詰まらせる。

 シオンはマグメルの身体を後方に引き込み、手を回す形でその口元を覆った。


「なんでもありませんのでお気になさらず」


 シオンは身体を暴れさせて抵抗するマグメルを押し込め、エデンに向かって祝勝の言葉を送った。


「努力が報われて何よりです」」


「んー!! くるしい、息ができないー!!」


 シオンの手からするりと擦り抜けたと思うと、マグメルは不服をあらわにして彼女に詰め寄る。


「貴女が余計なことを言うからです! エデンさんに気を使わせないようにと口止めしてあったはずでしょう!」


「わすれちゃったよ、そんなの! いいじゃん、勝ったんだしさ!」


 顔を付き合わせて言い合いをするシオンとマグメルを前に小さく笑みをこぼすと、エデンは彼女らに感謝と謝罪を伝える。


「その、二人ともありがとう。心配掛けちゃってたんだね……ごめん」


「ううん、なんでもいい!!」


 言って再びエデンに組み付くマグメルを、シオンはあからさまなむくれ顔でにらみ付けていた。

 マグメルを絡み付かせたままエデンがジェスールに視線を向ければ、そこには彼以外の狩人たちとカナンの姿もあった。


「まんまとしてやられたねえ」


「面目ない」


 さもおかしそうに言うアルヴィンに、ジェスールは後頭部をさすりながら謝罪を返す。


「だらしねえったらありゃしねえ……ったく、こんなんだったら俺が出りゃあよかったぜ!!」


 天を仰ぐようなしぐさを見せつつユクセルが言えば、カナンが背後からその尾をつかみ上げる。

「ぎゃ」と小さな悲鳴を上げて飛び上がる彼に対し、彼女はため息交じりに言った。


「莫迦者、最初に勝負を捨てたのはお前だろう。今更四の五の言えた義理か」


「わ、わかってらあ!! んなこと言われなくてもわかってるから——は、離せ……! 尻尾離せって!!」


 身体を反り上げるように硬直させるユクセルの尾から手を離すと、カナンはエデンに対して向き直る。


「やったじゃないか、エデン」


「う、ううん……」


 穏やかな笑みを浮かべて勝利を祝う言葉を口にするカナンだったが、エデンは左右に首を振って応じる。


「勝てたのは全部偶然で……それにみんなが力を貸してくれて、あのときもカナンが名前を呼んでくれから……だから自分の力なんて——」


「謙遜しなくてもいい。お前はここ一番という場面において己の実力以上の力を発揮し、運をも味方に付けた。それだけの話だ」


 ジェスールはそう言ってくれるが、それが自身の実力だと、積み重ねた稽古の結果と受け止めることなどエデンにはできようもなかった。

 はじき上げられた木の棒が真っ二つに折れ、半分になった片割れが宙を舞い、その落下地点にアセナの頭上を選んだ。

 そんな奇跡にも似た偶然がなければ、ジェスールを相手に勝利を得ることなど不可能だったに決まっている。


「運は……運だから」


「謙虚な奴め」


 答えて見上げるエデンの頭を押し込むようになでながら、ジェスールはなぜかひどく楽しげに言った。


「見事」


 言って手にした煙管を縦横縦と振ってみせたのはルスラーンだ。


「確かに泥棒野郎には似合いのやり口だぜ。——ま、悪くはねえんじゃねえの」


 ユクセルは毒づくように言うと、手にしていた木の棒の片割れをエデンに押し付けた。


「——おい、爺さん。いつまでもこんなとこにいたら風邪ひくぜ」

 

 そう言いながら上座に腰を下ろしたまま点頭を繰り返す長イルハンの元に歩を進めたユクセルは、その腕を取って天幕へと消えていく。


「何はともあれ——」


「う、うわっ!!」


 突然ジェスールに身体を持ち上げられたことで、エデンは我知らず驚きの声を漏らす。


「——お前が勝ち、俺が負けたことに変わりはないということだ」


 言って抱え上げたエデンの身体をその肩に乗せると、彼は周囲を囲んだ人々に向かって声高く告げる。


「小さな勝者に喝采を!!」


 ジェスールの声を受けた人々の間から勝利と健闘を称える喝采が巻き起こるが、エデンはそれにどう応えればいいのか分からない。

 照れくささと面映ゆさに空笑いを浮かべつつ、高くなった目線から周囲の人々に視線を巡らせていた。


 下方を見下ろせば、神妙な面持ちでシオンに向かって歩み寄るアルヴィンの姿が目に入る。


「明日は僕らの番だね。今度は誰にも横矢を射掛けさせたりなんてしないから。よろしく」


「望むところです」


 アルヴィンが手を差し出すと、シオンも答えてその手を握り返す。

 差し出されたシオンの手を両手で包み込むように握って表情を緩めたアルヴィンは、いかにも彼らしい艶然とした笑みを浮かべていた。


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