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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第八節 「再戦の行方」
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第三百七十話   仕 直 (しなおし)

 広場の中央に進み出たエデンは、槍比べの相手であるジェスールと対峙する。

 技比べの再開を待ち望んでいた集落の人々が二人の周りを囲み、上座にはこの数日で確かな回復を見せた長イルハンの姿もあった。

 その傍らに立つのは、今回も勝負を見届ける調停人の役を務めるカナンだ。


 輪の最前列にはシオンとマグメル、相手側にはユクセル、アルヴィン、ルスラーンが腰を下ろしており、彼らの後方にはアセナの姿も見て取れる。


 前回の槍比べの際には多くがジェスールに向けられていた声援も、今回は半分ほどがエデンの名を呼ぶ声に変わっていた。

 もちろんそれが真に勝利を願うものなどではなく、あくまで日々の稽古風景を知る人々からの恩情であることはエデンも重々承知している。

 それでもシオンとマグメル、人々の口から発せられる応援の声によって、戦意が大いに高揚しているのは紛れもない事実だった。


「遠慮はいらんぞ。思い切り打ち込んでこい。この九日間の鍛錬の成果を見せてくれ」


 木剣を構えつつジェスールが言う。

 それが決して挑発や自身をあおる目的で発せられたものではないことがエデンにはわかる。

 九日の間手放すことなく握り続けた木の棒を改めて握り直し、エデンはジェスールに向かって静かに首肯を送った。


「始め!!」


 カナンの口から号令が放たれると同時に、エデンは大地を蹴ってジェスールに打ち掛かる。

 前回のようにやみくもに仕掛けるのではなく、しっかりと相手を見据えてひと振りひと振りに意味を込めて打ち込んでいく。

 幅広の木剣で打ち込んだ棒を受け止めるのは、この九日間で何度も繰り返し稽古を付けてもらった相手だ。

 彼我の実力差は身体中の傷とあざが痛いほどに物語っている。

 たとえ勝利の見込みが限りなく低くても、黙って敗北を受け入れるつもりはみじんもない。


 全力を尽くし、当たって砕ける覚悟をもって臨むことこそこの日のために稽古を続けてくれたジェスールに対する最大限の敬意の表明であり、この機会を与えてくれた皆への感謝の表し方だ。

 そして敗北によって無知と失言の贖罪を図ろうとした自身の過ちに対する、ただ一つの責任の取り方に他ならない。

 緊張していないと言えばうそになるが、不思議なほどに心が落ち着いているのも事実だった。


 数度の打ち込みを経て、エデンはその一連の流れが身体に深く刻み付けられていることに気付く。

 九日間の稽古の中で何度も繰り返した手順、ジェスールはそれを再度確認するように木剣を振るってくれている。

 この槍比べの場こそが彼から自身に対して行われる卒業試験の場であると理解すると、エデンはその胸を借りるつもりで手にした棒に力を込めた。


 剛腕から繰り出される力強い一撃も、真正面から正直に受けるのではなく、角度を付けて受け流すように努める。

 以前であれば手にした木の棒は二度の衝突を待たずはじき飛ばされていただろうが、数合にわたって打ち合わせ続けることができていたのもその成果に違いない。


 ジェスールもエデンの意気に応えるように守りを固め、時に攻めを強め、攻守織り交ぜる形で木剣を振るい続ける。

 それでもなお彼が手心を加えてくれていることは、その顔に浮かべた余裕の表情からも明らかだった。


 数合の打ち合いを経て肩で息をし始めるエデンを見て取るや、一歩後方に引いたジェスールは手にした木剣を水平に構えてみせる。

 それが彼の認めてくれた真っ向斬りを誘う構えであることを理解し、エデンも同じく後方に数歩後ずさって距離を取る。


 ジェスールは次の一撃で勝負を決めるつもりだ。

 笑みの消えた顔からそれを察し、エデンは十字鍬の要領で木の棒を肩にかつぐように構える。

 そして気炎万丈とは呼べない頼りない叫びではあったが、あらん限りの力で声を張り上げた。


「やあああああああ!!!!」


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