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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第八節 「再戦の行方」
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第三百六十九話  相 掛 (あいがかり)

「ど、どうしてジェスールが……!?」


「どうしてと言われてもな、稽古相手が俺じゃ不足か?」


 幅広の木剣を手に自身の前に立つ大柄な吠人を前にして、エデンは二の句を継げずにいた。

 昨夜のシオンの一見無茶とも思える提案に対し、最終的にカナンは首を縦に振った。

 先に己の身を技比べの賞品として差し出したのは彼女だが、まさかエデンに稽古を施すことで自らその後押しをすることになるとは思っていなかったに違いない。


 それだけでも十分に奇妙な状況であるのに加え、自身の前に立っているのがジェスールであることに、エデンは驚きを覚えずにはいられなかった。


「そ、そんなことはないけど……でも次の槍比べの相手って——」


「それも俺だが何か問題があるか? どうせ九日後には戦うことになるんだ。今日戦おうが明日戦おうが不都合なぞないと思うんだが」


「——う、うん。自分はいいんだけど……」


 稽古を付けてくれるのはカナンだとばかり思い込んでいた。

 改めて執り行われる槍比べの対戦相手であるジェスールから直々に教えを受けることになろうとは考えもしていなかっただけに、驚きの程は極めて大きい。


 数日後に戦うことになる相手に手ずから教えを授けようなど、聞いたためしがない。

 だが当のジェスールはまるで些事とばかりに、手にした木剣を肩慣らしでもするかのように振ってみせた。


「のんびりしていたら九日などあっという間に過ぎていくぞ。焦れとは言わんが、限りある時を有効に使ったほうが利口だ」


 ジェスールはそう言って木剣を突き出し、その切先をもってエデンを誘った。


「——さあ、来い」


「う、うん……!!」


 覚悟を示すかのようにジェスールに向かって首肯を送ると、エデンは木の棒を両手で固く握り締める。

 手にしたそれを頭上高く振りかぶり、気合の雄たけびとともに大地を蹴った。



 それから九日の間、エデンは毎日欠かすことなく稽古を続けた。

 一日は身体作りの意味を込めた水くみから始まり、その後は朝食の支度を手伝う。

 集落の人々に交じって片付けや諸々の雑務を行い、ケナモノ狩りや砂漠の緑化といった活動に加わったのちに稽古の時間を迎えることになる。


 日が落ちては夕食の支度と片付けを済ませ、その後も暇を見ては自主的に訓練を続けた。

 そうして三日ほどが経った頃には稽古をするエデンを見慣れ始めたのだろう、集落の人々の中には立ち止まって応援をする者や、差し入れを持ってくる者も出始める。

 中でも毎日欠かさず飲み物や軽食を用意してくれたのがジェスールの妹のアセナだった。


「そんなにエデンに勝ってほしいんだ!」

 

 マグメルからそんなふうにからかわれた彼女が、激しく左右に首を振って否定してみせたこともあった。

 基本的に稽古相手を務めてくれたのはジェスールだったが、カナンは常にエデンの傍らにあり続けた。

 彼女はエデンの身体能力と現在の実力を照らし合わせた上で、随時適切な助言と指導とを与えてくれる。

 カナンの教えは厳しくはあるものの、決して無慈悲なものではなかった。


 槍比べの対戦相手であるジェスールを想定した稽古に終始する形ではあったが、初めてまともに剣を振る技術を学べることにエデンは大きな意義を感じていた。

 己の身を守り、シオンとマグメルを守り、ローカの行方をを追い求める旅を続けるためには戦う力が必要であることは痛いほど身に染みている。

 この九日間という時間が、生きるため、生かすための力を身に付ける貴重な機会であると認識して以降はさらに懸命に毎日の稽古に励んだ。


 時折ふらりと稽古の場に現れたと思えば、ルスラーンが剣の扱いの手ほどきをしてくれることもあった。

 彼の見せる流れるような剣技はとてもではないが今のエデンにまねできるものではなかったが、その立ち居振る舞いに剣士としての在り方を垣間見る。

 彼はエデンが腰に差したラジャンの剣に強い興味を示していた。

「譲ってもらえないか」との強い懇願に対しては、エデンもその大切さとどうしても譲れない旨を語って答えとした。


「違う違う、そうじゃねえ!!」


 寝そべりながら稽古風景を眺めていたユクセルが、そんなふうに野次を飛ばすこともあった。


「わっかんねえかなあ!? こうだよ、こう!!」


 気だるそうに歩み寄っては乱暴にエデンの手を取り、愚痴を吐きながら定位置へ戻っていく。

 その後ろ姿には、皆が苦笑を覚えざるを得なかった。


 対戦相手が稽古を付けてくれるなどという前代未聞の状況の中で、ジェスールはエデンの成長をまるで己のことのように喜んでくれた。


 彼は「なかなか筋がいい」と褒めた上で、特に真っ向斬り——頭上から振り下ろす一撃の鋭さを賞賛した。

 それが鉱山での労働の日々に起因することに思い至り、エデンは過ごしてきた時間が自身のうちに確実に息づいていることを実感する。


 エデンが稽古に励む一方で、マグメルが子供たちに音楽や踊りを披露する場面や、アルヴィンとシオンが射技を競い合う光景なども度々見られた。

 そうして瞬く間に九日の時が流れ、エデンは身体中に擦り傷切り傷、打ち身にねんざと、各種のけがを負った状態で槍比べ当日を迎えることとなった。


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