第三百六十三話 相 生 (そうしょう) Ⅳ
円匙を握り、硬く乾いた大地にその先端を突き立てる。
足掛けに乗せたの足に力を込め、地中深くに刃を差し入れていく。
その一連の流れにどこか懐かしさを覚えるのは、鉱山での仕事を思い出すからだろう。
「——よし」
穴一つを掘り終えてひと息ついたエデンが傍らを見やれば、ジェスールはすでに四つ目の穴を掘り始めていた。
続けて二穴目の掘削に着手し始めたエデンのそばに歩み寄るのは、苗木を抱えたカナンだった。
彼女は手にしたそれをエデンの堀った穴に植え付けると、掌を使って丁寧に砂礫混じりの土を寄せる。
「なかなか手際がいいじゃないか」
「——ううん、ジェスールに比べたら」
感心したように言う彼女に左右に首を振って応じ、エデンは再び彼に視線を向ける。
ジェスールは四つ目を掘り終え、五つ目の穴に手を付け始めていた。
「あれは特別だ。鍛錬か何かと勘違いしている節もある」
カナンはあきれ気味に答えて立ち上がり、荷車の元に戻っていった。
大地に円匙を突き立てつつ、エデンは改めて周囲を見回す。
ジェスールは次々と穴を掘り進め、アルヴィンも慣れた手つきで草木を植えていく。
ルスラーンは水と異種殻を収めた手桶を持ち換えながら、植え付けられた草木の周囲にその中身をまいていった。
シオンはといえば時折手帳に何かを書き付けつつ作業を進めており、マグメルも「はいはい! !」「どいてどいて!」「シオン、これそっちね!」と張り切った様子で辺りを駆け回っている。
二穴目を掘り終えたエデンはそっと苗木を運び入れるカナンを見下ろしながら、静かにその名を呼んだ。
「……カナン」
見上げる彼女に対し、エデンは先ほどの彼女の話の中で引っ掛かっていた点を尋ねてみることにする。
大地を壊すのも直すのも同じ人だと彼女は語った。
人が豊かさと引き換えに山を削り、水と空とを汚していることは身をもって知っている。
ならば自身の知る鉱山の環境と同じように、この草原を不毛の半砂漠に変えたのも人ということになるのだろうか。
尋ねるエデンに対し、カナンは砂礫の大地に掌を触れさせつつ答える。
「ああ、君の考える通りだ。数を増した人が版図を拡大しようとすれば、どこかに皺寄せがいくのは自明さ。皮を引けば身が上がる——といった具合にな。特に内に熱を有する私たち獣人は火の性質を強く持つ種だ。草木を燃やすことで命を育む在り方は、逃れられない宿命なのかもしれない。だからこそせめて自然の一部として、燃え殻は土に還すのが人の務めだと——私はそう思いたい」
そこまで話してどこか照れくさそうな笑みをこぼしたカナンは「ルスラーンの受け売りなのだが」と呟くように続けた。
「天地不仁」
「うわっ——!?」
突然後方から聞こえた声に振り返ったエデンが目にしたのは、いつの間にか自身の背後に立っていたルスラーンだった。
彼だけではない、気が付けばジェスールにアルヴィン、シオンとマグメルの姿もそこにある。
「……天——地?」
復唱するエデンに、ルスラーン本人に代わってカナンがその意を説く。
「人は時に森羅万象に天意を見る。天災や地変を神の与えたもうた試練と捉え、その産物に慈悲を感じる。だが天地自然の働きには、人に対する仁愛も憎悪も存在しない。自然とは自ら然るものであり、日月の巡りも四季の移り変わりも、水が上から下へと流れるのも、年を取れば老い、血を流せば死に、食わなければ腹が空く、そんな私たち人の身と何も変わらないのかもしれない……そういう意味だ」
「……自ら——」
考え込むようにして呟くエデンに、カナンはあくまで優しく微笑み掛ける。
「思い悩むことはないさ。自然を知り尽くそう、思うように操ろうと、大それた考えを抱くなということだ。重ねて言うが私の行いの全ては私の自分本位な願いによるものだ。神や天に恩を売るでもなければ、感謝を催促するわけでもない。ただ優しい風の吹く緑の草原と、そこに暮らす同胞たちの未来を守りたいという——そんな小娘のわがままだと思ってくれればそれでいい」
「うん——」
「ほら、エデン!!」
カナンに向かってうなずくエデンに対し、飛び付くようにして腕を取ったのはマグメルだ。
「あとはエデンだけなんだから! 早く早く!!」
「え……?」
彼女の言葉を受けて周囲を見回せば、ジェスールもアルヴィンも作業を終えている。
荷台には一本の苗木も残っておらず、シオンの手にあるそれが最後の一つのようだ。
その手の苗木と自身の足下の地面を交互に見やると、エデンは乾いた大地に懸命に円匙を打ち込んだ。
「お、お待たせ……!!」
告げてシオンに場所を譲ろうとするが、彼女は手にしたそれをエデンに向かって差し出す。
「最後は貴方が」
「……うん、わかった」
答えて彼女の手から苗木を受け取ったエデンは、その場に膝を突いて自身の堀った穴に植え付けていく。
皆の視線を浴びながら土を寄せ終え、立ち上がったところでカナンに向かって確認を取る。
「こ、これでいいかな……?」
「上出来だ」
エデンの額に付いた土を指先で拭いながら答えたのち、振り返った彼女は皆に向かって告げた。
「——さあ、帰ろう」
荷車を牽くのはジェスールで、空になった荷台の上にはマグメルの姿がある。
「緑は緑でも、なんかいい緑に見えてきたかも!」
「そうだろう」
マグメルが荷台の縁に顎を乗せながら呟くと、カナンはどこか得意げな口ぶりで答えた。




