第三百六十一話 相 生 (そうしょう) Ⅱ
「……ほ、他のみんなは——どこに行ったの?」
苦心の末にようやく口を突いて出たのは、水くみから戻って以降その姿を見ていないジェスールたち三人の所在を問う言葉だった。
突き放すように腕を解いたシオンも広場に視線を巡らせ、その場に座り込んでいたマグメルも立ち上がって周囲に目を走らせている。
「——うん、ああ、そのことか」
ようやく笑いを収めたカナンは、気を取り直したように言ってエデンの問いに答えを返す。
「あれらは仕事に出ている」
「仕事……?」
その口にした言葉を復唱しながらエデンが思い浮かべるのは、先ほど彼女自身が廃業したと語った異種狩りの依頼だ。
だがカナンはエデンの浮かべた表情と周章ぶりからその考えを察したのか、安心させるように言い添えた。
「別の仕事さ」
「それは亜麻の栽培とはまた違う仕事——ですか?」
「そうだ、別件だ」
重ねて尋ねるシオンの言葉を肯定するようにカナンは言う。
「ふーん、いそがしいんだ」
感心するように言ってマグメルが指差したのは、広場の中央に積み上げられた異種殻の山だった。
「あんなにたくさんあったらさ、しばらくはたらかなくても遊んでくらせるんじゃない? それなのにまだはたらくの?」
その指の示す先を追って数十の異種の残した殻の山を眺めつつ、エデンもその価値の程に思いを募らせる。
異種殻はさまざまな形に加工され、肥料や燃料、あるいは水や空気を浄化する作用を有するようになる。
初めてその事実を聞かされたのは彪人の里で茶摘みを手伝った際だが、以前から日常の暮らしや鉱山での仕事の中でその恩恵にあずかっていたことを思い知らされたのもそのときだ。
人の暮らしに即した用途以外にも、シオンの身に着ける眼鏡やインボルクらの手にする楽器、そしてエデンが腰に差すラジャンの剣のような武具もまた異種殻の新たな使途の一つだと教えてくれたのは先生だった。
齢や部位によってその価値は千差万別らしいが、小型の異種十数匹分と大型の野走リ一匹の残した殻は、マグメルの言うように少なくない金銭的価値があるに違いない。
遊んで暮らせるかどうかはわからないが、それでも換金すれば亜麻以上の対価を得られるのではないかとエデンも考える。
「ああ、そうだな——」
マグメルの言葉とエデンの反応を受け、カナンは顎に指先を添えて考え込むようなそぶりを見せる。
そして思い立ったように手を打つと、彼女はエデンたち三人に対して同行を持ち掛ける。
「実際に見てもらうのが一番かもしれないな。少しだけ時間をくれないか?」
エデンに断る理由はなく、シオンとマグメルも首を縦に振って同意を示す。
カナンはユクセルに留守を任せる旨を告げ、エデンたちも準備を整えて集落を発ったのだった。
「あれ……? ここって——」
カナンの先導に従って草原を進んでいたエデンは、周囲に広がる風景に見覚えを感じる。
マグメルは変わり映えがしないと不満をこぼしていたが、草原の景色は決して単調ではない。
場所場所によって植生する草木も変われば、緩やかな起伏を描いて連なる丘陵の形も、草原を超えた先に望む遠景も、よく見れば異なる表情を持っている。
そして今まさに進んでいるのが数日前にカナンたちと遭遇した場所近くであると気付き、エデンは声を漏らしていた。
「君たちと出会ったのはちょうどこの辺りだったな」
エデンの心を読みでもしたかのように、カナンは感慨深げに呟く。
「もう少しだ」
「えー!? あたし知ってるよ!? ここから先に行ってもなんにもないって!!」
足を止めることなく言うカナンに、マグメルは心底不服そうな口調で声を上げた。
マグメルの言う「この先」を思い浮かべたエデンの脳裏によぎるのは、砂と土と岩とで覆われた大地——シオンが言うには半砂漠とも呼ばれる不毛の荒野だ。
石畳の大街道を大きく外れる形で進み続けたエデンたちは、見渡す限りの荒れた大地を苦心の末に通り抜け、この草原にたどり着いたのだった。
カナンが足を進める方向に視線に向ければ、このまま歩き続けて行き着くのはマグメルの言う通り砂礫以外には何もない半砂漠でしかない。
そんな場所にカナンの見せたいものがあるというのだろうかと、半信半疑のうちに歩き続けたエデンが行き当たったのは、果たして想像通りの光景だった。
「ほらー、やっぱりなんにもないじゃんー!!」
殺風景な砂礫の大地を見渡しながら不服をあらわにするマグメルだったが、カナンはそんな彼女の反応を小さく笑みを浮かべて受け流す。
エデンも少なからずマグメルと同様の所感を抱いており、辺りの風景を茫洋とした心持ちで眺めていた。
ふと傍らに目を向けたエデンは、遠方の一点に視線を据えるシオンを見て取る。
その先を追って目に留めたのは、集落に姿の見えなかったジェスールら三人だった。
片手を上げて存在を示しつつ近づくカナンに続いて、エデンらも何らかの作業に当たっているであろう彼らの元に歩を進めた。
近づくに連れ、三人が何をしているかが明確になっていく。
ジェスールは金属製の円匙を使って砂礫の大地に穴を掘っており、アルヴィンは等間隔に掘られた穴に樹木の苗木か何かを植えていた。
三人の近くには昨日異種殻を持ち帰るのに使われた荷車が置かれ、その荷台にはアルヴィンの手にしているような苗木の他、草本の苗が数束と、何かを収めたであろう幾つかの桶が積まれている。
ルスラーンは荷台から手桶と柄杓を手に取ると、アルヴィンによって植え付けられた苗木の上に桶の中身を振りまいていった。
作業がひと段落したのだろう、ジェスールら三人は衣服や被毛、両手に付いた汚れを払い落としながら、カナンとエデンたちの元に歩み寄る。
「ひと休みしないか。茶を持ってきた」
カナンの言葉を受けたエデンが集落から持参した包みの中身を取り出すと、ジェスールら三人は顔を見合わせて喜ばしげにうなずき合った。




