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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第六節 「我ただ一人の狩人なれど」
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第三百五十七話  咎 悔 (きゅうかい) Ⅱ

 天幕の中に差し込む日の光を浴びて目を覚ましたエデンは、不覚にも寝過ごしてしまったことに気付く。

 辺りを見回せば寝台の上に二人の少女の姿はなく、朝食にと残しておいた食事の皿も消えている。

 慌てて外へ飛び出すと、中天近くまで昇った日の下では昨日までと変わらぬ日常を営む吠人たちの姿があった。


 織物やそれに関わる作業を行う者、食事の支度を進める者、広場では木製の武具を手にした子供たちが駆け回っている。

 木陰に腰掛けて書き物をするシオンを、次いでマグメルが調理をする者たちの合間をそぞろ歩く様を認め、エデンはひとまず安堵を覚える。


 変わりない光景の中に変化があるとすれば、それは広場の中央に積み上げられた異種の外皮の存在だ。

 長イルハンが討ち取った異種が残した骸が、まるで天に捧げる供物か何かのように積み重ねられている。

 子供たちの中には興味深げに、あるいは恐る恐るといった様子で手を伸ばす者たちも見受けられた。


 シオンに起床を告げ、マグメルに身体の具合を尋ねたのち、エデンは辺りに視線を巡らせる。


「カナン、どこにいるんだろう……」


 その姿が広場のどこにも見当たらないということは、彼女はまだあの場所にいるのかもしれない。

 そう見当を付けて長の天幕に向かったエデンが見たのは、昨夜と同じ姿勢で出入り口前に座り込むカナンの姿だった。



「カナン——」


「そっとしとけって」


 その名を呼んで近づこうとするエデンに対し、天幕の脇から何者かの声が飛ぶ。

 声のした方向を振り返ると、そこには腕を組んで天幕にもたれ掛かるユクセルの姿がある。

 彼はエデンと目線を合わせることなく、正面を向いたまま言葉を続けた。


「ついさっき寝たとこなんだ。寝かしといてやれ」


「あ……」


 座り込んだカナンを見下ろせば、掛け布に包まれた彼女は確かに目を閉じて寝入っている。

 慌てて口をつぐむエデンを横目で一瞥したのち、ユクセルは突き放すような口ぶりで言い添えた。


「傷もアセナの奴が見てくれた」


「それなら……よかった」


 安堵のため息を漏らすと、眠るカナンが自らの身をもって道をふさいだ天幕の出入り口に視線を向ける。

 ユクセルはエデンの考えを察してか、機先を制するように口を開いた。


「爺いも大丈夫だ。よりにもよって俺の腕に噛み付こうとしやがったから——あれだ……どやしつけてやったらすぐに正気に戻りやがった」


 言って気だるげに向き直ったユクセルは、手を振って追い払うようなしぐさをしてみせた。


「——おら、どっか行け。さっさと行っちまえって」


「あ……う、うん」


 ひるむように踵を返したエデンだったが、ふと立ち止まってユクセルに向き直る。


「ユクセル、君は……?」


「お前には関係ねえし、言う必要もねえ」


「……う、うん。——ごめん」


 すげなくあしらわれ再び歩き出したところで、エデンは背中にユクセルの呟くような声を聞く。


「俺は、もう少しだけここにいる。……俺の勝手だろ」


 それは昨晩の激しい憤りぶりからは考えられないほどの力ない声だった。

 エデンは聞こえないふり決め込み、足を止めることなくその場を立ち去った。



 その後、エデンら三人は吠人たちに交じって日常の雑事や食事の支度などを手伝った。

 マグメルは吠人の生活によくなじんでおり、特に彼女を楽士と知った子供たちからしきりに音楽をねだられている。

 彼女が皆の前で歌を披露する一方で、無言で食事の下ごしらえに加わっているのがシオンだった。


 シオンが集落の人々と今一つ打ち解けられていないのは、先日の弓比べの件があるからだろうとエデンは推察する。

 絶技と呼んでも差し支えない一射を見せた彼女だったが、吠人たちの間では勝負の前に弓の交換を断ったという事実がいまだ尾を引いているのだろう。

 あるいは進退窮まった状況に追い詰められながらも、風を味方に付けて勝負を逆転させた彼女に恐れを抱いているのかもしれない。


 シオンと共に食事の支度に当たる人々も、平静を装いながらもどこか浮足立った様子で彼女に接している。

 事実を全て詳らかにし、その身に着せられた汚名をそそぎたかった。

 痛切に思いはするものの、それをしてしまえばアルヴィンとアセナの名誉を守ったシオンの配慮をふいにしかねない。

 もどかしさを覚えつつ作業を行っていたエデンは、広場に集まっていた子供たちが一斉に集落の出入り口に向かって駆け出すところを目に留める。

 作業をいったん中断して子供たちの後を追ったエデンの目に映ったのは、何かを積んだ荷車を牽いて帰ってきたジェスールたち三人だった。


 集落内に姿が見えないことを疑問に思い住人の一人に尋ねた結果、彼らが朝から荷車を牽いて出掛けていったことは聞いている。

 どこに向かったのかは聞かされなかったが荷台に載る異種殻イシュガラの山をに、彼らが討ち取ったそれらの回収に向かっていたであろうことを理解した。

 声を上げてはしゃぐ子供たちに囲まれながら、ジェスールたちは荷台に積まれた殻を広場の中央——長イルハンの討った野走リの殻の隣まで運んでいった。


 日が沈みかける頃には準備も整い、集落の人々は思い思いに食事に手を付け始める。

 広場には長イルハンとカナンの姿はなく、二人の分の食事を天幕に届ける役割はアセナが務めることになった。

 エデンも二人の様子を見に行きたかったが、先ほどユクセルの口から漏れた声を思い出せば引き下がったほうがいいような気もする。


 手にした料理を口にするでもない心ここにあらずといった様子のエデンを、シオンとマグメルの二人はどこか気遣わしげな表情で見詰めていた

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