第三百五十五話 死 習 (しならい)
「時と場合を弁えなよ、ユクセル。状況わかってて言ってるの?」
ユクセルに対し、いら立ちをあらわにして言い放ったのはアルヴィンだった。
だが当のユクセルは横目でにらみ付ける彼の視線をものともせず、あくまで堂々と言い切ってみせる。
「あん? 状況ってなんだ? あれか! 爺さんがああなっちまったから気使えってことか? なあ、俺からすればお前らのほうがどうかしてるんじゃねえかって思うぜ。どいつもこいつもしょぼくれた顔してだ、葬式じゃなければなんだってんだ!? あれか、七七日か!?」
「ユクセル」
ジェスールはたしなめるようにその名を呼ぶが、ユクセルは取り合う様子を見せるない。
「爺さん、死んじまったわけじゃねえだろうが!! 戦ってだ、異種ぶっ倒してだ、そんでちょっとおかしくなっちまっただけだろ!?」
「ユ、ユクセル……!! お前のせいで爺ちゃ——長は!!」
怒りに声を荒らげたアルヴィンはユクセルの襟元に向かって手を伸ばすが、一瞬の早業でその身体を後方から締め付けたのはルスラーンだ。
「ルスラーン、離せってば!! ……こいつがっ!! ユクセルがカナンの言い付けを破ったりするから!!」
アルヴィンの切実な叫びに、エデンは思わず息をのむ。
ユクセルが集落に残って皆を守れという指示を守っていれば、長イルハンが老いを押して異種を迎え撃つ結果にはならなかったかもしれない。
それがアルヴィンの言い分なのだろう。
だがユクセルは自らにカナンたちを追うことを許したのが当の長イルハンであると語った。
ユクセルが長に対して皆が異種狩りに出向いたことを明かしてしまったのか、隠そうとしたが見抜かれてしまったのかはエデンの知るところではない。
長がどんな考えの元に彼を送り出したのかもわからないが、もしも自身がユクセルと同じ立場だったらと考えを巡らせる。
「おい、何見てんだ……? おい——!!」
ユクセルは怒りの矛先をエデンへと向け、荒々しい足つきで詰め寄る。
「そ……その——」
腹立たしげな顔つきに気おされて怯むエデンだったが、ユクセルはそれ以上進むことなく足を止める。
ジェスールが二人の間にジェスールが割り入ったからだ。
「んだってんだ……!」
うんざりといった様子で吐き捨て、ユクセルは自らの前に立ちふさがるジェスールをにらみ付けるような目で見上げる。
次いでアルヴィンと、その後方のルスラーンに視線を投げた。
「なあ……!? どうしちまったんだ!? お前らもカナンも、そいつらが来てから変だぞ!? どこの誰だかわかんねえ奴らにいいように振り回されてんじゃねえぞ!! それにだ——」
語勢強く言って手を払い、立ちふさがるジェスールを押しのけたユクセルは今一度三人の吠人たちに鋭いまなざしを走らせる。
「——異種狩り稼業から手え引いて、随分と生き汚くなっちまったもんだなあ!? 狩人なんだよ、戦士なんだよ、俺たちはっ!! 肉食う食わねえなんかじゃねえ、勝つか負けるか、生きるか死ぬか、戦うか戦わねえかしかねえだろうが!! 爺さんも、爺さんの爺さんも——知らねえけど、多分そうやって生きてきたんじゃねえのか!! 命一個後生大事に抱え込んでなあ、牙の抜かれた狩人に価値なんてねえって言ってんだっ!!」
ユクセルはアルヴィンの拘束を解いたルスラーンに対して鋭い視線を送り、その腰に差した曲刀を指先で示しながら言う。
「ルスラーン!! 母ちゃんの形見、手入れだけしてれば満足か? 俺は嫌だね! 俺は——戦って俺を示してえ! 強えんだぞってとこ見せ付けて、がきども爺婆どもを安心させてやりてえ! 誰にも負けねえんだって——俺が……俺が一番なんだって——」
そこまで話して不意に言いよどむと、ユクセルは続く言葉をのみ込んでアルヴィンに目線を移した。
「何でお前が信じてやれねえんだ!? 爺さんは——イルハンは無敵の戦士だろ!! 親のいねえ俺たち引き取って、まとめて面倒見てくれて、そんで戦うことを教えてくれた!! 今はちょいとほうけちまってはいるがな、てめえの力押さえ込めねえほど、もうろくしちゃいねえはずだ!! アルヴィン、お前の大好きな爺いの強さを信じろっつってんだよっ!!」
鼻先が触れんばかりにアルヴィンに詰め寄ったユクセルは手を払ってその身を押しのけ、次いでジェスールの胸板を拳で打った。
「爺さんは俺に行けって言った! だから俺はその通りにした!! それが間違いってんならだ、どうすりゃよかったんだ、なあ——!? もうろくした爺いにゃ任せておけねえから俺も残るって——そう言や正解だったってのか!? 違うだろうが! 爺さんはお前らが出ていっちまってつむじ曲げてた俺に、いいから行けって言ってくれた!! それなら信じて任せるのが俺ら小僧どもの仕事じゃねえのか!? 立場が逆だったら、俺だってそうする!! 戦いてえって——行きてえって願ってる奴の足を止められるもんかっ!!」
エデンには絶え間なしにほとばしるユクセルの言葉が、他の誰にでもなく彼自身に向けて発せられているように聞こえた。
その勧めを入れて集落を離れ、長イルハンに戦いを強いたことに対する深い後悔と、それでもなお戦いを求める吠人としての本質がその内で葛藤しているのだろう。
同じように深い自責を抱くエデンには、その思いがわずかながらわかる気がした。
「お前らだって……見てたらわかんだろ……?」
言うだけ言って幾らか落ち着きを取り戻したのか、ユクセルはジェスールら三人に向かってどこか冷めたような視線を送る。
「爺さん、もう長くねえんだって。休ませてやりてえって気持ちはわかんねえでもねえけど……そうじゃねえのかもってたまに思うんだよ。アルヴィン、久しぶりの乗るか反るかの大一番はどうだった? ルスラーン、ご自慢のなまくらも喜んでんじゃねえか? ジェスール、柄にもなくはしゃいでなかったか? なあ、違うか……?」
無言で見詰め返す三人の視線を受け流すように目をそらすと、ユクセルは自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。
「お前らに背中任せて戦ってだ、俺は生きてるって感じ——したけどな。だから——」
言って皆に背を向け、ユクセルはひと言呟いてその場を去っていった。
「——爺さんもそうなんじゃねえかなって……それだけだよ」




